「あはれ」と「浮き世」をかいて、冒頭の三木の言った仏教の無常観と感傷の厳格な区別はよくわからないまま。おそらく、「浮き世」的な感覚に流されてしまうなよということを言いたいのかなと思う。仏教の「無常観」や「空」の概念って難しい。三木の言うところの「虚無」とほぼ同じもの?