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古代兵器は最強!なのに古代医療は受けたくないのは何故?

以下において、秘密結社の独自研究部分を灰色の背景で区別しています。

失われた古代技術

ファンタジー世界最強と言えば古代兵器。古代文明の遺産ではないでしょうか。
ではこの共同幻想が成立するのは何故でしょう。

答えは歴史上にあります。
中世の暗黒機が、西洋にとって科学の衰退期であることはよく知られています。
誤解を恐れずシンプルに言うと、ローマ帝国を駆逐したキリスト教勢力が、ローマの文化を追い出したためです。

例えば、ローマ時代普通だった入浴は、中世ヨーロッパでは禁忌でした。
彼らの言い分では、裸で集まるなんて破廉恥だとのことでしたが、清潔な習慣を捨てることは当然、疫病の悪をもたらしました。
このようにローマ的であることは唾棄され、宗教的価値観が人々の目を、現実を見る目を塞いでいったのです。

ルネサンス期にアラブやその他の国に”保存”されていた古代ローマの知識を発見したとき、キリスト教社会において、存在しなくなった相手への敵愾心は薄れていました。
そこで改めて、かの帝国の文明を見渡したとき、たくさんの有用なロスト・テクノロジーがあったのだと自覚されたのです。

水道、架橋などのインフラ。
遠近法を駆使した絵画。
柔らかなガラス。
2000年持つ、自己修復機能を持つコンクリート。
まさにこれが、古代文明の遺産というわけです。

ルネサンス期の人々が受けた衝撃が、中世を舞台にしたファンタジーを経て、私達の知る物語の共通認識になっていることは、とても興味深いです。
ただ残念なのは、一度失われた技術は、製法が残りません。
遺産をそのまま使えても(水道は現役で、コロッセオもライブ会場になったりしている)、新しく作ることはできない。
もし途絶えずに続いていたら、更に積み重ねられた技術を現代で使えていたはずです。
そんな世界を見てみたかったです。

ここまでは、進化の枝の先で途絶えた、失われた1つの世界の話をしました。
次に、現在まで続く枝。
長い間修復されずに、巨大な幹となってしまった医療の進化の話をしましょうか。

失われなかった嘘

想像してみてください。
2000年前にタイムスリップをして病気になったら?
ひたすら血を抜かれて下剤を飲まされると思うと、暗澹たる気持ちになります。

じゃあせめて500年前。
あれから長い時間が経ったのだから、さぞ医療は発達しているだろう……と思いますか?
残念でした。紀元2世紀の教科書に基づいて手術をされます。
つまり状況は全く変わっていません。

300年前――だめです。
病気や怪我は悪魔のせいとされているので、悪魔を追い払うために汚い物(便など)を塗りつけられてしまうでしょう。

結局、19世紀になって病原体が解ってきた後や、抗生物質の登場を待たなければ、過去旅行は快適だとは言えません。

それにしても1500年もの間信じられた、紀元2世紀の教科書とはどんなものでしょうか。
意外なことに魔術書や祈祷書ではありませんでした。

当時としては先進的な方法――議論でなくて解剖を重ねて実地で作られた本。
4人のローマ皇帝に仕えるほど信頼された医者が書き上げた、素晴らしい代物だったのです。

ただし問題が2つありました。
ひとつ。当時のローマでは人間の解剖が禁止されていました。
もうひとつはその医者【ガレノス】が権威になりすぎたことです。

1つめの理由から、ガレノスの医学書に書かれた臓器の多くが、他の哺乳類や類人猿の物でした(進化論より早く、猿が人に近いことを識っているなんてすごい)。
2つめの理由から、この本は1500年間改変されませんでした。

間違った概念を踏襲していても、正しい部分もあったので(脳のマッピング・神経の機能、腎臓の働きなど)、多くの医学生が何も知らず、この本で学びました。
人間のお腹を開いたら、図と違う物が現れても、誰も声を上げませんでした。
ガレノスがさらに600年前のヒポクラテスを信じていたせいで、現実と乖離が起きても、誰も気にしませんでした。

ガレノスを師とした医者たちも権威となっていき、この古の医師は不可侵の領域へ到達してしまったのです。

ここで自尊心が事実を凌駕し、虚構を根拠に病気が治る(現実に手を加えられる)という魔述が成立しました。
ローマの技術が滅んだのと逆のバージョンです。

どれだけ現実に基づいている技術でも、人の心は邪悪の烙印を押して、封殺することができる。
どれだけ明確な虚偽であろうとも、人が正しいと見做しそう言い続ければ、それを本当のこととして世界は動く。

心にそぐわない何か=世界との齟齬は、例外だとか暴論にされてしまうのです。

そして心が現実を凌駕する――魔述の話

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