専門家の領分

作り話をしよう。

とある大きなホテルで火災が発生し、多数の宿泊客と従業員が建物に取り残されている。消防・救急は懸命に救助活動を行っているが、建物の規模が大きく多数の人員が関与することもあり、かなり切迫した様相を呈している。

そんな中、とある高名な防災の専門家が現場を訪れ、建物の避難設備やルートの設計、救助隊の突入手順などについて隊員に話をしようとした。しかし現場のトップに話が通っていたわけではなく、終息に向かっているとはいえ未だ火勢のある中では話を聞くことの出来る状況にはなく、専門家はすぐに帰されてしまった。

防災の専門家として確かな評価を得ていることから、確かにその発言の内容自体は理に適っている。しかし、今目の前で起きている火災、取り残された人の救助をしている現場の隊員にとっては、指揮系統の外側から急にやってきた部外者に困惑し、余計な混乱を招くものと判断したのもやむを得ないところである。

それから間もなく、専門家は自身の知見を生かされなかったこと、消防の体制に問題があるというようなコメントを、やや強い調子でメディアを通じて語るが、火災の最中に、正式な手続きにより招聘されたわけでもなく自己判断で現場を訪れたということで賛否両論の議論を生むことになる。

専門家とて、別段悪意があったわけではない。大きな騒ぎとなっている中、自らの持つ経験と知識が人の役に立つだろうという正義感、職業意識の高さから行動を起こさずにはいられなかったのだろう。

完全に鎮火し、避難が完了した後であれば、今後同様の事態が起こってしまった場合の対策を検討・検証するという点で非常に大きな役割を発揮しただろうとは想像に難くない。

だがしかし、今まさに目の前で炎と戦い、取り残された人々の救出に奔走しているという状況において、防災の専門家が直接寄与出来ることは何も無かったということも事実の一側面である。

繰り返しになるが、これはただの作り話である。
しかし、この話のように適切なタイミング、適切な場を逃した言動をしては、いかに優れた専門家であっても邪魔者扱いされてしまうことはある。

"専門バカ"と揶揄されないためにも、領分は大事にしておきたい。

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