小西政継

小西政継の「マッターホルン北壁」と「グランドジョラス北壁」は魂が震える。今ならわかるけれど絶望的な状況で冷静でいる人の話が若い頃はものすごく好きだった。

大寒波の中何も食べず富士山よりも高い垂直の岩を延々と登った記録。身体の一部を奪われても最後まで冷静さを失わずチームを引っ張り続け全員生還させた記録。

以下、「グランドジョラス北壁」(1981 中公文庫)から引用です。89点。

植村直己による解説がしびれます。

小西さんの登山を考える場合何より特徴的なことは、常に世界の第一線を水準にし、それを目指している点である。
したがって国内に残された崖のような岩場に新ルートを開いたり、夏の8000メートル峰に酸素ボンベをかついで登るといったことにはほとんど興味を示さない。今さらということであろう。しかも一足飛びを排して、文献を可能な限り調べ、体験に基づいて一歩一歩前進する着実な方法をとっている。

P.234


以下本文。

虚空に飛び出した身体のバランスは、もう限界だった。リス(岩のせまい割れ目)を求め、僕はもう一歩も進むことができないでいる。指先がもう何度岩から離れそうになったことか。この力が果てた時、僕の身体は眼下の凄まじい深遠に吸いこまれるのだ。苦痛にあえぐ僕は、自分に言い聞かせる。「けっして驚いたり、あわてたりしてはいけない。この危険をさけようという弱気もおこしてはならぬ。落ち着きと冷静さが最も大切なのだ!」

P.84

僕はこんな神秘に満ちた静かな夜が好きだった。また、こんな絶壁の中でロウソクを握りしめ、不安もなく落ち着きはらって座っていられる自分も好きだった。

P.104

仲間たちと僕が生命を託してぶら下がっているこのザイルが、絶対に切れないという保障はどこにもなかった。もし運悪く、ハーリンのように切れたとしたら・・・・・・まさにぞっとするような恐怖にとらわれてしまうが、今は断じて考えてはならぬことだった。ザイルは絶対に切れないものだ、ハーケンも絶対抜けないものと信じこもう。

P.118

ふと時計を見ると、はや十二時であった。ルートファインディングの失敗で半日を無駄にしたことになったが、不安もいらだちも感じなかった。冬の北壁には、冷静さと余裕ある落ち着きが必要であり、些細な失敗でのあせりは敗北につながる。

P.123

最近、ヤマケイ文庫のドキュメント遭難シリーズをそのままパクッたかのようなYouTubeチャンネルの話を複数の場所でほぼ同時に聞いて私の中の雪崩滑落大好きスピリットがうずうずしているけれど語りたくなるこのオタク心をググっとこらえる日々。


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