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壊死性筋膜炎にベアー・クロー

 昨日(2021年8月の話),AMR臨床レファランスセンターのFbページで「皮膚軟部組織感染症」のレクチャーが加わりました,というお知らせを見て,「そういえば最近,壊死性筋膜炎みてないなぁ。」とフラグを立てていたら,今日早速,壊死性筋膜炎疑いのコンサルトがありました。フラグの効果すごいですね。

 壊死性筋膜炎を疑ったら試験切開が大事なのですが,「なかなかやってもらえない,どうしたらいいか?」というような相談を以前は受けることがありましたが,最近は,疑わしい場合はすぐに試験切開,finger testをやってもらえるのでとても助かっています。

 広範囲に壊死していなくてデブリが必要なさそうでも,切開してもらっただけで病変の進行のスピードが緩やかになるという経験は私自身,何度かあります。

 そもそも抗菌薬がなかった時代には,切開するかアンプタするしかなかったわけですが,1929年の総説を読むと,いきなりアンプタは必要ないことが多いと書かれていました。

"As has been said, the surgeon who sees one of these cases for the first time is often at a loss to know what to do and either delays operation or in haste performs an amputation."
「初めて(壊死性筋膜炎を)見る外科医は,どうしていいかわからず,手術が遅れるか,慌ててアンプタしてしまう」

Meleney FL. HEMOLYTIC STREPTOCOCCUS GANGRENE IMPORTANCE OF EARLY DIAGNOSIS AND EARLY OPERATION. JAMA. 1929;92:2009–12.

 そもそも,抗菌薬がなかった時代,"bear claw fasciotomy"(ベアー・クロー筋膜切開)により治療されていたそうです。これは壊死部から壊死していないところまで,深筋膜の深さまで長い切開を入れた見た目が“熊の爪痕”のようだったためにこう呼ばれたようです(不思議なことに引用されているMeleneyの2つの論文ではこの表現は使われていませんでした)。
Lamb LEM, Sriskandan S, Tan LKK. Bromine, bear-claw scratch fasciotomies, and the Eagle effect: management of group A streptococcal necrotising fasciitis and its association with trauma. Lancet Infect Dis. 2015;15:109–21.

 上記1929年の総説の著者のMeleneyによる1924年の20例のケースシリーズでは,20例中15例(75%)が切開(+40〜42℃のお湯につけたり,chrolinated sodaにつけたり)のみで治癒したと,「ベアー・クローを両手につけて200万パワー」もびっくりの治療成績です。切開によるドレナージ効果と,圧を開放して局所の循環も改善させるからではないか,ということのようです。

 (溶連菌による壊疽というタイトルで,現在の壊死性筋膜炎と同じ病態を指しているかどうかは微妙なところですが,肉眼的には皮下組織の壊疽,血流不全があり,病理組織所見は白血球の浸潤とレンサ球菌が中に詰まった血栓により小血管が閉塞していたと書かれており,少なくとも単なる蜂窩織炎ではないと思います。)

 壊死した組織に抗菌薬は届かないので,「全身状態が悪いので,改善するまで抗菌薬で保存的に」と言っていると命がなくなってしまう恐ろしい病気です。

 2021年11月12日追記:Meleneyの2つの論文のタイトルの始まりが"Hemclytic"になっていましたが,正しくは"Hemolytic"でした。1929年のJAMAの論文がJAMAのサイト上で"Hemclytic"と表記されていたこと,入手した論文コピーでOの右側がかすれてCっぽく見えたためでした。よくみるとOかもしれないと思うようなかすれ具合でした。

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