マイコプラズマ肺炎で比較的徐脈になるか?(2024年9月19日追記)
マイコプラズマ肺炎では比較的徐脈がみられない,という根拠として
Ostergaard L, et al. Relative bradycardia in infectious diseases. J Infect. 1996;33:185–91. PMID: 8945708
が挙げられていることがあります。私も以前みて「あれ?」と思ったことがあります。
自験例では,しっかりペア血清でマイコプラズマ肺炎と診断できた症例で,高熱の割には脈が速くなっていないなぁと思うことは何度かありました。
Ostergaardの研究では,デンマークのMarselisborg病院の感染症科に入院した患者から毎月1-11日生まれの人の中で以下の基準を満たす人が選択されました。
(1) 入院後最初の朝の直腸温が37℃超え
(2) 最終診断が感染症
(3) 年齢が15歳超え
除外基準としては
(1) 収縮期血圧が >180 mmHg または <100mmHg
(2) 免疫抑制疾患または心血管疾患あり
(3) 体温または心拍数に影響を与える可能性がある薬(例:解熱薬,ステロイド,βブロッカー,Ca拮抗薬など)を投与中
最終診断が腸チフス(14人),レジオネラ症(9人),クラミジア肺炎(13人),マイコプラズマ肺炎(14人)の人を除いた集団673人を参照集団として心拍数/体温の関係について,回帰分析を行い,95%信頼区間を計算し,この95%信頼区間の下限よりも下になった場合,比較的徐脈と判定されました。
対象疾患集団の心拍数/体温の傾きが,参照集団の心拍数/体温の傾きと比べて有意差があるかどうかの検定が行われています(P <0.05)。
腸チフスの診断は血液培養からSalmonella typhiの検出,Mycoplasma pneumoniaeは特異的抗体の4倍以上の上昇または単一血清で特異的抗体または寒冷凝集素が64倍以上で陽性,Legionela pneumophilaは気管吸引液の培養陽性または単一の抗体価256倍以上または,少なくとも128倍以上に達する抗体価の4倍以上の上昇で陽性,クラミジア肺炎は4倍以上の抗体価上昇またはCFTで240倍以上(Chlamydia psittaciとChlamydia pneumoniaeの区別はできない)で陽性と判定されました。
結果:
・入院時の心拍数と体温の関連性について,年齢は関連がみられなかったが,女性は男性よりも心拍数が有意に高かった(P=0.0001)。このため,性別を分けて心拍数と体温の関連性の95%信頼区間を提示した。
・女性の心拍数と体温の関連は
心拍数(/分)=11 x 体温(℃) -332
と表された。95%信頼区間の下限の
心拍数(/分)=11 x 体温(℃) -359
よりも低いと比較的徐脈と判定する。
参照集団の中で5人が当てはまり,内訳はウイルス性髄膜炎,ウイルス性肝炎,帯状疱疹,髄膜炎菌髄膜炎,下葉肺炎がそれぞれ1人ずつだった。
・男性の心拍数と体温の関連は
心拍数(/分)=10.2 x 体温(℃) -305
で表された。95%信頼区間の下限の
心拍数(/分)=10.2 x 体温(℃) -333
参照集団の中で4人が当てはまり,内訳は腸管サルモネラ症(2人),帯状疱疹(1人),肺炎球菌肺炎(1人)
対象疾患のうち,男女別に分けた参照集団の95%信頼区間の下限を下回ったのは,男性のクラミジア肺炎患者1人だけで,比較的徐脈がこれらの疾患の予測には使うことができないと考えられた。
次に,比較的徐脈の評価のために,入院時の心拍数と体温の値を退院時の値で調整したものを用いた。体温の値の差(入院時と退院時の体温の差)と心拍数の変化の割合(入院時の心拍数/退院時の心拍数)を線形回帰分析を行った。調整した値を用いると年齢と性別は関連性がみられなかったため,男女を一緒に解析した。
この参照集団と腸チフス,肺炎マイコプラズマ,レジオネラ,肺炎クラミジアの線形回帰の傾きを検定し,参照集団の傾きが16%に対して,
・腸チフス(14人)(10% vs. 16% for one degree, P=0.0003)
・レジオネラ症(9人)(9.5% vs. 16% for one degree, P=0.0005)
・クラミジア肺炎(13人)(7.5% vs. 16% for one degree, P= 0.0005)
と統計学的有意なのに対し,
・マイコプラズマ肺炎(14人)(10.5% vs. 16% for one degree, P= 0.14)
と有意ではなかったようです(これはこのデータでは「マイコプラズマで比較的徐脈がない」という帰無仮説を棄却できなかっただけで,本当にないのか,サンプルサイズが少なくて有意にならなかったのかはわかりません。)。前3者と比べると関連は弱いかもしれませんが,図1,2のプロットを見ると,マイコプラズマで38〜39℃なのに脈拍が100くらいまでの人が多く,現実的には発熱の割には脈が遅い印象をもって差し支えないと思います。
Ostergaardの論文の図3の散布図をみても比較的徐脈があったとされる3者もかなりばらついます。
心拍数/体温の95%信頼区間の下限を下回ったものを比較的徐脈と定義するのは一見理にかなっていると思いますが,腸チフス,マイコプラズマ肺炎,レジオネラ症,クラミジア肺炎でこの定義を満たした人は1人だけで,この定義で予測することはできませんでした。
McGeeのEvidence-Based Physical Diagnosisにも載っている,集団の脈拍と体温の関連から95%信頼区間の下限より下を比較的徐脈とするこの定義は,腸チフス,レジオネラ症,クラミジア肺炎36人中,クラミジア肺炎1人しか満たさなかったようで実用に耐えるものではありません。
女性だと心拍数(/分)=11 x 体温(℃) -359 ,
男性だと心拍数(/分)=10.2 x 体温(℃) -333 なので,
女性なら体温39℃の場合,心拍数70以下,体温40℃の場合,心拍数,81以下
男性なら体温39℃の場合,心拍数64.8以下,体温40℃の場合,心拍数75以下
なので,厳しすぎると思います。
退院時の心拍数,体温を基準にするのは,平常時の心拍数と体温の代替指標として妥当だと思います。体温は入院時と退院時の体温の差を取っているのに対して,心拍数は変化の割合(入院時の心拍数/退院時の心拍数)を取っているのは,興味深いと思いました。確かに平常時の心拍数が60の人と100の人では,心拍数の絶対値が10上がることの意味合いは同じではないのかもしれません。
参照集団では,体温が1℃上がる毎に心拍数が16%上昇すると解釈できると思いますが,平常時の心拍数60の人が9.6/分,心拍数100の人が16/分上がる計算になります。これは以下の先行研究にも合致します。研究によって幅があるのは,絶対値で表現するよりも,平常時の心拍数からの割合で表現した方がよいのかもしれません。
・Liebermeister’s ruleとして「体温が1℃上がると,心拍数は8/分上がる」
Liebermeister C. Handbuch der Pathologie und Therapie des Fiebers. Leipzig: Verlag F C W Vogel, 1875. p463-7.
・Lyon DM. The Relation of Pulse-rate to Temperature in Febrile Conditions. QJM. 1927 Oct 15;20:205–18. によると
「体温が華氏で1度上がる毎に脈拍が10/分上昇」するので,
華氏1度は,摂氏で約0.56度
→「摂氏で1℃上がる毎に脈拍が約18回/分上昇する」ことになる。
・小児の研究で,体温が1℃上がる毎に,脈拍が約10/分上がる。
ただし,実臨床では,目の前の患者さんの退院時の体温,心拍数を知ることはできません。元々入院していた患者さんや長期療養施設に入所していた人の普段のバイタルサインをベースラインにするのはよいかもしれません。
また,Ostergaardの研究では,体温1℃上昇する毎に,腸チフス,レジオネラ症,クラミジア肺炎では平均的にそれぞれ10%,9.5%,7.5%しか心拍数が上昇しなかったから比較的徐脈あり,と判定し,マイコプラズマ肺炎では10.5%心拍数が上昇しなかったので,比較的徐脈なしということになってしまいますが,腸チフスの10%とマイコプラズマ肺炎の10.5%に臨床的な違いがあるとも思えません。
McGeeの本では,
心拍数(/分)=10 x 体温(℃) -323
より下を比較的徐脈としています。Ostergaardの論文から男女別の計算式を統合して作成したとあります。男女の人数の内訳があれば統合して計算できると思いますが,論文中に男女の割合が載っていないように見え,どうやって計算したのかがわかりません(著者に確認したのかもしれません)。
この定義でも,体温39℃の時,心拍数67以下が比較的徐脈ということになり,やはり厳しすぎます。
では,Mycoplasma pneumoniaeによる肺炎で比較的徐脈を伴うのか?
杏林大学の皿谷先生の「Mycoplasma pneumoniae肺炎の歴史」という総説
によると,1938年にReimannが嗄声や咽頭痛,比較的徐脈を伴う発熱,持続性の乾性咳嗽など軽い症状を臨床的な特徴とする患者たちを,”Atypical Pneumonia”として報告したそうです。
Reimannはウイルスによるものだと考えていたようですが,ほとんどの患者でウイルスを検出することはできず,1984年のLevinの総説によると,このうちの一部はMycoplasma pneumoniaeだったのだろうと考えられているようです。
とはいえ,確かにPubMedでマイコプラズマ肺炎と比較的徐脈を検索しても意外とほとんど文献がひっかからないですね。症例報告として↓くらいでした。
いや,自験例ではそれなりに見ると思うのですけどねぇ。
2024年9月19日追記(やっぱりマイコプラズマ肺炎で比較的徐脈はあり):
マイコプラズマ肺炎流行ってますね。で、やっぱり比較的徐脈を伴っていることは少なくないと思います。
そこで、もう一度、元凶になっていると思われる1998年のCunhaの総説を確認してみました。例えば↓
マイコプラズマ肺炎、クラミジア肺炎とレジオネラ肺炎の鑑別にRB(比較的徐脈)の有り無しでシンプルに分類しています。
これが1998年の総説なので、てっきり1996年のOstergaardらの論文を参照しているのかと思いましたが、そうではありませんでした。根拠として引用されている文献の中で、マイコプラズマ肺炎に言及していそうなものは、
Cotton EM, Strampfer MJ, Cunha BA. Legionella and mycoplasma pneumonia--a community hospital experience with atypical pneumonias. Clin Chest Med. 1987;8(3):441-53.
でしたが、またもやCunhaらによる総説!
さらに引用をたどると
Murray HW, Masur H, Senterfit LB, Roberts RB. The protean manifestations of Mycoplasma pneumoniae infection in adults. Am J Med. 1975;58(2):229-42. doi: 10.1016/0002-9343(75)90574-4.
ようやくCunhaの総説以外のものにたどり着きました。
え!マイコプラズマ肺炎で比較的徐脈も伴うと書かれています。
さらにこの部分の引用をたどると、
Grayston JT, Foy HM, Kenny GE: Mycoplasmas (PPLO) in 22. human disease. DM December 1967.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0011502967800142
にアクセスすることができました。
やはり古典的にマイコプラズマ肺炎では比較的徐脈を伴うと記述されていたのが、Cunhaらが勘違い(?)して、どこかで「伴わない」と書いてしまい、さらには検出力不足の1996年のOstergaardの論文も後押ししてしまったのかもしれません。日本語で書かれた文書も、おそらくCunhaの総説に影響を受けているものは、マイコプラズマ肺炎では比較的徐脈を伴わない、としているものもありました。
ということで、臨床的な感覚と合わない教科書や総説の記載を見つけたら、出典を孫引き、ひ孫引きしてさかのぼって裏取りをすることの大切さを改めて認識しました。
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