見出し画像

Day8|プロジェクト進捗共有

今日はゼミ生2名の方のプロジェクト進捗発表を聞かせて頂いた。10/14(Day6)にディスカッションしたテーマを元に、フィールドへ足を運んでみたストーリーの共有や、それを受けて今考えていることなどを共有してくれました。

KBさんの共有

Day6のゼミでは、”リモートワーク”というテーマを軸にお話されていたけれど、自分はそのテーマを「面白い」と思っているのか?という疑問が浮かんできたことや、”大人”というキーワードが気になり始めた話、美容室でインタビューしてみた感想から、”大人”というテーマで思いつく音楽の共有まで、たっぷり2時間共有してくれました。その中でも気になったトピックと感想をメモ。

美容室でのインタビュー話

「話した後に記録するのって良いな~と思った。」という話が印象に残りました。静岡でフィールドワークをした際は、記録しようと手を動かしている間、観察できずに抜け落ちてしまうことがあったのに対し、今回は手を止めて話すこと/観察することに集中できたから…というコメントを聞き、先日私が公園で”観察”しようとした時に同じ様な難しさを感じたことを思い出しました。記録=正確に全部…ではなくて、ある程度抜け落ちることを覚悟の上、気になったことが頭に残ってれば良いや~という気持ちで、一定期間ぼんやり見てみるのも良いのかなと思いました。時と場合にもよりそうですが…!

美容室でついつい色々話しちゃう不思議さ、美容師さんの会話スキル、美容室で会話するときは向かい合ってないよね~という話も、面白いなと思いました。比嘉さん/水上さんもフィールドワークで美容室を行き先に選ぶような、美容室ってそんな場なんだ~と、ちょっとだけ美容室に向ける視線が変わった気がします。実際に働いている方にも、その様な実感はあるのだろうか?

”大人”への違和感

大人になりたくない!でも子供のままでもいたくない!そういう気持ち、私にもあるな~と思いながら聞いていました。子供として干渉されたり、制限されたりしたくないけれど、大人として義務とか規則とかにも縛られたくない…みたいな感じかしら。書いていて思ったけれど、縛られたり型にはめられたりしたくない気持ちが根っこにあるのかな。それって”みんな”そうなんだろうか。そんなことを思いつつ、最低限”分別がある大人”で居ようと超一生懸命な私もいる。

Day6のゼミで皆さんから聞いたテーマがぼんやりと浮かんできて、それぞれ”テーマ”は違うけれど、奥には”型”に対する違和感とか、型を揺るがせたいみたいな気持ちがあるのかな~とうっすら繋がりが見えた気がして面白く思いました。そもそも人類学的なアプローチって、ものの見方を覆される…みたいなイメージがあるので、その様な気持ちがテーマに見え隠れするのは必然かもしれませんが…!

「大人」というキーワードで、関連する音楽の紹介(みんなで音楽鑑賞しました)から、通過儀礼、大人の中の子供性や子供の中の大人性、親と子供、仕事をしていたら大人?、成熟と劣化と老い…等々、一人で考えていたら思いつかないような視点がたくさん出てきて、人と共有してみる大事さを感じました。

KBさんの調査対象の「大人」として、「仕事をしている人」にアプローチしてみる…という話を聞いて、今は仕事をしていない私は、私がなりたいと思っている「大人でも子供でもない」状態に実はかなり近いのかもしれない…!と思ったりもしました(笑)

MKさんの共有

前回の共有時から、”芸術”というキーワードを軸にお話されていたMKさんは、ギャラリーやアートセンターを訪問して、一緒にギャラリー巡りをされた方や現地の方々とお話されたことや、そこで感じたこと等を共有してくれました。

どこの誰に出会いに行くか

そもそも芸術って何だ?という問いを基に、それを分かろうとするためには、どこの誰にどのように出会ったら良いだろう?ということが議論の中心だった様に思いました。”芸術”のどの分野にアプローチするか、すでに存在するもの(江戸時代の食器など)に価値を付与するタイプと新たに作る芸術は違うかも?、金銭的な価値が付与されると芸術になる?、アーティストとして雇われている人が作るものやギャラリーのような場所に在るものは始めから”アート”という前提で見られるのでは?、時々アートに関わったり関わらなかったりする人の存在(ワークショップに時々来る人や、無名アーティストを食事に連れて行くマダムの存在)等々。
どこに行けば”質の良い”データが取れるかが議論されている気がして、テーマを深掘りせず、とりあえず誰かに出会おうと考えている私にとってはとても高度な議論に聞こえました(笑)どこの誰に出会うか考えた上で、アプローチする相手を選別できるほどの情報と知り合いを持っていない…という自信のなさから、深く考えることを避けている自分も居る気がしました。考えた上で出会えないのと、考えないのはきっと違うよな~。

インゴルドさんに会った話(KMさん)

最後にKMさんが、前日インゴルドさんに会いに行った話を共有してくれました。主張ではなく聴くことをもっとしようよ!という話をしていたことから、「聴く」についてご本人に質問を投げかけたところ、「聴くこと(話すこと?)は共同作業ということを意識する。言わなきゃ/聞かなきゃと思いながらする会話は一方通行。」といったコメントをもらった話をしてくれました。知りたいこと(目的)にフォーカスして聞いている(会話する)状態は”一方通行”ということなのかな?と思いました。目的なく聞けることって要するに”興味があること”だったりして、だからこそ”興味があること”をテーマにする意味があるのかな~と思ったりしました。

全体の感想など

今までゼミの振り返りnoteの更新をサボってきましたが、昨日(Day7)のゼミにゲスト参加くださった1期生の方が更新されたnote(頼まれたわけではないのに自主的に!)を拝見して、あ~こんな風に残せば良いのか!とピンときたので、真似をして書いてみる気になりました(笑)
noteの更新を「真似をしたら出来そう!」と思えた自分に気づいたのと同時に、プロジェクトの方は「他の人の進め方がきっと正解(正解はないけれど、敢えての表現)なんだろうな~。私の進め方となにか違う気がするんだよな~。」と思いつつ、存在しない”正解”に惑わされちゃいけない!と変なバリアを設けて、真似して同じ様にやってみることを避けている自分がうっすら見えました。おそらく変なブロックは外して、とにかく全部試してみて、盛大に失敗して学ぶのが”正解”な気がしているのに、”失敗”することに慣れてなさすぎて、”やってみる”を中々できない私…なかなか手強い。

やり方も、やることも押し付けられないけれど、自分から働きかけなかったら何もしなくても終わってしまいそうなこのゼミの感じが、ドイツの大学の研究室っぽいな~と思ったりもしました。このままぼーっとしていると、あのときのように何もせずに終わってしまうぞ…!でも、一生懸命やっても何もせずに終わった感はある程度ありそうな予感もしていたりする(笑)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?