仮面の恋⑧
朝方にクラクションが一回。
いつも鼻につく、悪友のスポーツカーのホーンだ。
無視してやりたかったが、もう一回、大きく鳴る。
⚗️「早すぎんだろ、いくらなんでも。」
起き上がると、隣では昨晩すっかり自分のものになった彼女が、華奢な肩をあらわにして眠っていた。
窓から街頭を見下ろし、😈に「今行く」の合図を送る。
室内といえど冬が近づいているから肌寒い。
👗にブランケットを深くかけ、適当な部屋着とガウンを羽織ってガレージへ向かう。
😈「人使い荒すぎんだろ、お前!」
😈は、車のキーを俺に当てるように投げた。
⚗️「悪い悪い、すっかり寝てた。まさかこんなに朝早く来るとは思わなかったんだ。」
電源を切っていたモバイルの着歴は😈で一画面埋まっていた。
😈「女と?」
⚗️「ああ。悪いな、この礼はどうすればいい?」
比較的に新しめのメタリックグレーのアストンマーティン…いかにもな車種がコイツのミーハーさを表している。
俺の趣味じゃないが高級車だ、悪くはない。
週末に借して欲しいと、昨晩、メッセージで頼んでいたのだ。
😈「魔法薬学の演算のレポートでよろしく。」
⚗️「わかった。ついでに代返も頼まれてくれないか?いけそうな講義だけでいい。」
😈「え?お前、来週の講義サボるのか?」
⚗️「水曜は出る。Mr.テンプルの講義は出ないと試験で誤魔化せないから。いま時間あるか?朝食を奢るよ。」
😈「いや、これからフットサルだからコーヒーだけでいい。しかし、その女に凄い入れ込み具合だな、正気か?」
⚗️「そのつもりだが。側から見るとだいぶ狂って見えるのかもな。」
土曜の早朝のカフェはいつもより空いている。
スタンド席で😈は、エスプレッソをクイッと飲んだ後、ニヤニヤと笑いながら、機嫌の良さを隠しきれない俺を観察していた。
😈「そういや、お前。今回の学生運動は、ヴィラン側に着いてる…とかないよな?」
⚗️「学生運動?なんの話だ?」
😈「昨晩の話だよ。先の学長の娘さんのレイプ疑惑で捕まった奴を解放しろと、ヴィランの学生が薬品庫を盾にして研究室に立て籠ってんだよ。」
⚗️「そんな大事になってるのか?馬鹿だな、勝てるわけないのに。」
😈「おっしゃる通り!よかった!最近お前の様子がおかしかったから少し心配してたんだ。関わってないなら安心したよ。」
⚗️「ああ、どう頑張ったって、ヒーロー達には勝てないからな。いかに有利であってもあらゆる『ミラクル』によって俺らは崖から落とされる。逆らわぬが吉だ。」
笑いながら苦いエスプレッソを一気にかっこむ。
もし彼女を自宅に連れ込んだ事がバレたら俺も牢獄行きになるんだろうか?
同意があったと主張しても有耶無耶にされるのだろうか?
しかし後には引けない、うまくやるさ。
😈と別れた後、焼き立てのバゲットを手に入れ、部屋に戻った。
暖炉に火をつけて、バスタブに湯を沸かし、ベッドへ向かうと、👗は鼻までブランケットを被って、目だけ起きていた。
👗「置いてかれたのかと思った。」
⚗️「まさか。車を借りたんだ、友人に。落ち着いたら遠出しよう。体は大丈夫か?」
👗「たぶん。あなたは?」
⚗️「俺?俺はすこぶる快調だよ、何で?」
👗「満足出来なかったんじゃないかと思って。その、私、何もできなかったし。」
⚗️「そんな事はない、君は最高だったよ。でも満足かと訊かれればノーだな、全然足りない、何度でもしたい。」
照れているのか、頭まで布団に潜りこもうとする彼女を抱えて、バスルームまで移動させた。
コットンキャンディみたいにモコモコに泡立てたバスタブに二人で浸かる。お互いの髪や体を洗いあったり、見つめ合ったり、キスをしたりと、落ちつきがないバスタイムを済ませた後、朝食につく。
昨晩のパテと、バゲット、卵、バター、ジャム、塩、胡椒、あとコーヒーを淹れて、ミルクとオレンジジュースも並べておいた。
持参した部屋着に着替えた👗は、慣れた手つきでバゲットにパテやバターを塗りながら、好きなように彼女の朝食を楽しんでいた。
👗「魔法士でも運転するのね?」
⚗️「もちろん。魔力は不安定だし、長時間の通常移動はマシンに頼った方が効率がいい。」
👗「意外と家電製品が多いのはそのせい?」
⚗️「ああ。必ずしも魔法が楽というわけじゃない。使い分けが大事だ。暖炉やガスの火をつけるのは魔法が楽だが、そこのレコードプレーヤーとか換気扇は、指示を与えれば的確に動いて、故障しても原因があるマシンの方が扱いやすい。」
👗「ふうん…魔法ってムラがあるのね。そんな風に見えなかった。」
⚗️「それをなるべく見せないのがプロの魔法士だけど、なかなか難しいから訓練がいるな。その点、魔法薬はあらかじめ調子が良い時の魔力を閉じ込められるから俺は好きだけどね。」
他愛もない会話をしながら、食卓を片付けた後、ソファで微睡んでいたが、キスをしてるうちにスイッチが入ってしまい、二度目のセックスをした。その後、ベッドに移動して、もう一回して、そのまま二人とも気を失ったように昼寝をした。
恋の呪いにより、頭の悪い獣と化した二人が、文明の力を頼って車で隣国へ向かったのは、夕方近くだった。
ちょうど移動遊園地が来てたからそれを観に行ったり、人混みに酔ったので高台から夜景を観たりした。
デザインが良いゴシック建築の宿があったのでそこに停泊し、ディナーは宿に隣接しているビストロで済ませた。
ありきたりなデートコースなのが情けないが、どこに行ったって、何をしたって楽しくて仕方なかった。
人生の高低をグラフで表したら、間違いなくこの時が最大値にあたっている。
深い傷跡のように消えない、恋しい時間のまっただ中に居た。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?