現場とアカデミアの裂けめ

 社会福祉の世界に入って15年ほどが経った。日々感じていることなどを、雑ではあるものの、記してみる。初noteである。ひゃあ。

 社会福祉の世界では「実践と学問」の関係がしばしば問われる。2014年に国際ソーシャルワーカー連盟(International Federation of Social Workers :IFSW)が採択した「ソーシャルワーク専門職のグローバル定義」ではSWを「実践に基づいた専門職であり学問(a practice-based profession and an academic discipline)」とした。つまりSWは実践と学問とが統合された一体の領域とされている。しかし20世紀はじめにSWの専門職化が図られて以来、理論と実践とのあいだの不調和は幾度となく言及されてきた。

 たとえば日本の社会福祉学では、現場実践者には理論を形成する能力が乏しいとみなされることがある。その原因のひとつは、実践に携わる者の認識が「感性的」で「生活的」であり、「理論」化していく力量を欠くことに求められているようだ。一番ケ瀬康子は吉田久一との対談でこう述べた 。

やはり体験を客観化する力がないんですね。何か一定の理論から現実をきりとって、客観的に見えることを言うことはできても、体験を次第に客観化し、それを理論的につめていく力が弱い。

吉田久一&一番ケ瀬康子(編)
1982 『昭和社会事業史への証言』, ドメス出版: p.507

他方、現場実践者にとっての社会福祉学はどうか。三島亜紀子は書く。

現場にいる実践家たちはいう。学問は日常の業務には関係ない。実践において役にたつことは少ない。大学での専門教育を終え、資格を手にした若者よりも、現場経験の長い無資格者のほうが現場では有能である、など。そこでは、ソーシャルワーカーの専門性を裏付けるはずの研究の蓄積は、容赦なく放棄される 。

三島亜紀子
2007 『社会福祉学の〈科学〉性 ―ソーシャルワークは専門職か?』, 勁草書房: ⅲ


 こういう具合である。噛みあえるのだろうかと思うほど、両者のあいだには深い裂け目がある。

 だが。そもそも実践と学問、それぞれの場は社会的にはまったく別の場である。生活保護担当課で日々職員がやっていることと、大学の研究室で日々行われていることを「おなじもの」と認識するのは難しい。むしろそれらを一体としてイメージするには、何らかの前提条件が必要だろう。

専門職のと学問を一体と認識するための前提

 まず挙げられるのは、SWerが現場とアカデミアの双方への帰属を自認している、あるいはそれらのあいだを容易に行き来できると感じている、という前提条件である。
 
 例えば米国では、学歴とSWerの地位が連動している。各州で認定制度のあり方は異なるものの、全米社会福祉学校連盟(CSWE:Council on Social Work Education)が認定する大学のSWコースの学士あるいは修士号取得が要件とされる。英国には資格制度はないが、ソーシャルケア協議会(GSCC: General Social Care Council)が認定する大学あるいは大学院のSWコースの終了後、GSCCに登録せねばSWとして働くことはできない。いずれも学士号以上の学歴が要件とされている(らしい)。学位とSWerの要件とが連動している英米の場合、SWerにとって「専門職であり学問」は受容しやすいだろう。

 これに対し日本ではSWerを名乗るための要件が曖昧で、国家試験で取得される「社会福祉士」(Certified Social Worker)の資格制度はあるものの、必要な単位さえ取得していれば専門学校卒業でも受験でき、学歴との連動性は相対的に低いと言えるだろう。

専門職の内包

 さらに日本の社会福祉士資格は、福祉系4年制大学で行われる高等福祉専門教育との連動性も相対的に低い可能性がある。厚生労働省による社会福祉士資格試験の学校別合格率集計では、「ルート別」の受験者数、合格者数、合格率が記載されている。「ルート別」とは、この試験の受験資格を取得するための学歴ルートが以下のように大きく4つに設定されていることを意味する。

1. 福祉系4年制大学卒業ルート
2. 福祉系短大等(2-3年制)卒業+実務経験ルート
3. 短期養成施設ルート(福祉系4年制大学卒業/福祉系短大等卒業/社会福祉主事養成機関/実務経験4年以上+短期養成施設(6ヶ月以上))
4. 一般養成施設等ルート(一般4年制大学卒業/一般短大等卒業/指定施設での実務経験4年以上+一般養成施設(1年以上))

 学歴あるいは高等福祉専門教育の結果とSW資格とが連動しているのであれば、1の福祉系4年制大学卒業者がもっとも高い合格率を示すはずである。しかし少なくとも2018年(2017年度/H29年度)以降、社会福祉士国家試験の合格率は、大学でSWを専門的に学んだ1よりも、そうでない4が上回っている。厚生労働省は新卒者と既卒者とを区分した集計もしているが、たとえば最新の第34回(2021(R3)年度/2022(R4)年)の試験の合格率は、新卒者・既卒者いずれにおいても1より4のほうが高い。

厚生労働省『参考資料 第34回社会福祉士国家試験 学校別合格率』 より筆者作成

 このデータはさまざまな角度から解釈できるだろうが、ここでは福祉系4年制大学における高等福祉専門教育と実際の資格取得のあいだに乖離があることを示唆すると解釈する。つまり、社会福祉のアカデミックな知識と、専門職としての資格取得に必要な知識とのあいだにズレが生じているのである。社会福祉士の資格取得にとって、高等教育が有利な効果をもたらすことは明らかであるものの、このデータはその高等教育が必ずしも社会福祉の専門教育である必要はないことを示唆している。

 専門教育に求められる意義が違えば、「専門職であり学問」の意味、とりわけ「学問」の意味も違ってくる。学位とSWerの要件とが連動している英米と、学位はもちろん高等福祉専門教育と社会福祉士の資格取得傾向との連動性が相対的に低い日本の場合、状況は異なる。福祉系4年制大学で高等福祉専門教育を受け、現場とアカデミアを実際に行き来している一部の実践者は、SWを「専門職であり学問」として経験しやすいかもしれない。だがそうでない実践者には、現場とアカデミアは「自分たちのいる場所と、そこから離れた遠いところ」とイメージされてしまう。

専門職の外延

 日本では、SWerとして働くための基準はさらに緩やかで、たとえば地方自治体の公務員の場合、その資格がどのようなものかは自治体によって異なるものの、社会福祉士にかぎらず何らかの福祉的な資格――ケアマネジャー、保育士など――を取得していることで「福祉職採用」(Welfare Employment)され、SW専門職扱いとなるところもある。さらに無資格であっても、大学等で必要とされる単位を取得していればSW業務に就くことを可能とする「社会福祉主事」(Social Welfare Officer)というカテゴリーも国家制度化されている 。下表は全国の福祉事務所の査察指導員および現業員の資格種別人数、それらの全職員数に対する割合を示したもので、職員の7割以上を占めるのが社会福祉主事であることがわかる。

『平成28年度福祉事務所人員体制調査』表2-1「職員数(総数)、職種・資格・都道府県-指定都市-中核市別」より筆者作成

 このような制度によって、日本ではSW高等福祉専門教育を受けないままSW業務に就く者が多数を占めている。「専門性」を保証するはずの国家資格が専門的な高等福祉専門教育と連動しているとは言いがたく、「専門性」の要件も制度によって緩やかに規定され、さらに複数のカテゴリーが設定されることによって、いよいよ曖昧になっている。


 医師や弁護士などの他の専門職とは異なり、日本の福祉現場では社会福祉学を学んだ人々はむしろ少数派なのだ。したがって高等福祉専門教育を受けていない日本の大半のSWerが「専門職であり学問」というSWの国際定義に沿おうとすれば、「遠く離れた」アカデミアから発信される「知」を読書やセミナー参加などのかたちで受け取り続けねばならない。時間と労力、場合によってはカネをかけて。つまりアカデミアと現場は決して対等な関係にはないのだが、そのことはあまりにも自明で、疑問すら抱かれないようだ。

 このように「実践に基づいた専門職であり学問」というSWの国際定義は、現場とアカデミアを同一の領域としてイメージするための統合原理として働く反面、日本の社会文化的文脈のなかでは社会福祉領域内部の分断や階層構造を見えづらくし、その結果、裂け目を深めている可能性がある。

 現場には「難しいことわかんなーい」と言いながら「一人でも多くの人を支える!」とアツく動く方々がいる。そういう方々こそ、専門性だの知識だのをまず置いて、アカデミアにいる方々が出会うべき「他者であり仲間」なのではないか。社会福祉アカデミアの方々が想像する以上に、現場支援者は多様だ。そんな認識を共有できたら、私はうれしい。相互に他者性を認め合うことで、対話がはじまるからだ。