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オリジン・ストーリー │ 貧乏バン子

その人格は暗い闇を何よりも嫌悪していた。閉じ込められ、手足も動かせないその状態を不自由という言葉だったのを後に知り、以降は自由に生きることを生活の糧とした。そういう意味で悪となる人格よりも早くに意思が芽生え、我先に生体電池から抜け出していったのは他でもない彼女だった。

初めて降り立った場所は右も左もわからないサバイバルな状況だった。とりあえず裸だったので側にあった布を着たが、どうにも自分の好みに合わなかった。髪の毛もぼさぼさで一言で言ったら品がない。自由に生きるためにはお金が必要ということも後で知った。

ちょうど世界の仕組みがわかりかけた頃、彼女の沸点が爆発する光景を目にした。それは囚われの身、奴隷だった。自由を何よりも愛している彼女にとってその光景は許しがたいものだった。怒り爆発、激情に身を任せて悪漢どもをぶちのめし、奴隷を次々に解放していった。

次第に彼女の名が知れ渡るようになると、求愛を申し出る者たちが現れた。彼女は遊ぶことは好きだったが、本命になるとしんどいので適当に別れたりした。但し、悪知恵が働いて物と金をしっかり貢がせて身なりを整えたりもした。綺麗な洋服にさらさらの髪の毛、赤いリボンは伸びた髪の毛をまとめるのに丁度よかった。

悪漢を傷つけたり、男を手玉に取って遊ぶことは悪いことだとわかっていたが、自由に生きる彼女にとってそれが絶対的に悪だとは考えなかった。基本的には善行を心がけているが、ときにはちょっと悪いことをして楽して稼ぐ、多少の犠牲は構わない性格だった。それがどのようにして身に着いたのかは彼女自身にもわからなかった。たぶん性の性根なのかもしれない。

酒を嗜み、好きなものを食べて好きな場所に向かう。行先は風が決める。そんな生活を続けて、生体電池のことなどすっかり忘れた頃、偶然にも貧乏万斎とばったり出会った。始めはナンパ目的かとあしらおうとしたものの、貧乏万斎から零れたにおいを嗅いで記憶が蘇った。

それから貧乏万斎と長い時間をかけて話をした。これまでのこと、世直しの旅のこと、正反対の性格の人格である成金万斎のことなど、お互いに何があったのかを教え合った。その際に彼女はまだ自分が名前を持っていないことに気づいた。すると貧乏万斎は「貧乏 バン子」というのはどうかと提言したが、すぐに彼女はダサいと言って却下した。

しかしこれまで最愛の人や蜂蜜ちゃんとしか呼ばれていなかったので、他に妙案が思いつかず、渋々ながらも彼女はその名前を受け入れた。本当は名前もすらも自由のしがらみになるのではないかと思って意図的に避けていたのだが、意外とすんなり受け入れられた。バン子の中で唯一 縛りがあっても良いのは名前だけなのかもしれない。

貧乏万斎は一緒に世直しの旅を提案したが、バン子は性に合わないと言ってそそくさと別れていった。自分にとって好きな世界を巡り、気分とフィーリングで行動指針を決めたいのだ。誰かに指示されて生きることはバン子にとってまっぴらだった。天邪鬼というより、生体電池の頃からずっと不自由だった気持ちを貰ってしまったことによるものだった。

今日は喧騒の遊人、明日は孤高の旅人。風が吹いたら行き先は落ち葉の先が決める。何物にも囚われない自由な意思がバン子なのだ。

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