見出し画像

オリジン・ストーリー │ 成金万斎

長い年月をかけて生体電池から分離した存在はすぐに外の世界に飛び出していった。この時にはまだ名を持っていなかったが、彼にとってそんな物は興味がなかった。ただ自分と相反する存在から離れたい、そんな一心だった。

数多の世界を放浪してわかったことは、どの世界も通貨、ないしはそれに相当するモノがあったことだった。そしていずれもその量を一番持った者が頂点に君臨する、または最も効率が良く生存できている。名のない彼は世界の仕組みをいち早く理解し、自分もそれに従うことにした。

始めは右に倣って手堅い商売をしてみたが、すぐに効率が悪いことに気づくと次々と競合を自滅に追いやって独占市場を築き上げた。彼の舌は何枚も重なっていたので、口八丁で相手を追い込んだ。時には要人を水面下で殺めたりもしたが、彼には良心がないので気にも留めなかった。高名になっても誰も名前をしらないから"名もない彼"と呼ばれた。

そのうちに裏の世界や闇の住人たちとの付き合いが始まった。殺人鬼やサイコパス、悪徳役人や邪神と呼ばれる面々と出会い、彼らの美学や信条に触れた。しかし名もない彼はどこか懐疑的だった。悪とは何か?自分たちを平常とは遠ざける根幹、正義や善と相対する意義とは何かわからなかった。

それに気付かされたのはやはり自分と相反する存在だった。風の噂で数多の世界に介入し、善い行いを続ける貧乏万斎と呼ばれる存在がいると聞いた。名もない彼はその存在に嫌悪感を抱きながらも対峙することを決めた。ただ半分は自分の存在意義を確かめたかったからだった。

対極である貧乏万斎と対峙する。お互いが分身であることはすぐにわかった。まだ言葉を交わしていなかったが、自然と相手の考え方や思いがわかった。名もない彼は貧乏万斎は自分と完全に真逆の存在であることを実感していた。すると急激に相手を否定したい気持ちに駆られ、名のない彼は貧乏万斎に襲いかかった。

戦いは三日三晩続いたが、お互いの力は拮抗していたこともあって決着がつかなかった。そのうちに名のない彼は見切りをつけて戦いを止め、貧乏万斎にこう言った。「お前のお陰で自分が何者かわかったよ。私はお前とは真逆の存在だ。善い行いとやらを続けるお前と違って、私は悪い行いを続けてやる。だから私はこう名乗ろう、成金万斎と」

自らの存在を証明する名を手に入れた成金万斎は悟った。自分が悪の立場にいるのに理由も意義もいらない。ただ存在そのものが諸悪の根源なのだと。初めて成金万斎は笑った。確固たる自我を手に入れた瞬間だった。金は、自らの能力や知識を高めるため、生存する為に最も大事で必要なものだから稼ぐものなのだ。そこにそれ以外の欲も思想もないことを改めて知った。

それから成金万斎は数多の世界に介入し、金を稼ぐことを一番に悪事を働き始めた。そのためにはどんな汚い手も使うし、平然と老若男女を虐げる。しかしそこに快楽は必要とせず、ただ淡々と悪事をこなす。正義が誰かのために役に立ちたい欲があるとすれば、悪は自分のために自我を殺す。一切の混じりのない純粋な悪い行いが悪人なのだ。

成金万斎は手にした金貨を見つめる。そこに映った自分の姿は正しく邪悪の化身だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?