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2024/06/14 高齢者が求めるのは、知識習得と娯楽の両方を満たす場所

昨日は写真教室の撮影会を休んだ。撮影地が遠いというのが一番の理由だが、ぜひ行きたいと思える所なら少々体調が悪くても、天気がイマイチでも、遠いことなど厭わなかったであろう。

写真教室がなんとなく楽しくなくなった、というのが正直なところかもしれない。

その代わりに、近所を2時間ほど散歩して、モノクロで撮ってみた。

失敗(笑)。1枚も気に入ったものが撮れなかった。

モノクロ初心者にとって、影は格好の被写体だ。ところが、昨日は曇り空。暑くないので散歩にはちょうどよかったが、モノクロで撮るには難しかった。無理にモノクロでと、頑張ったのが裏目に出た。楽しくなかった。

通っている写真教室がつまらなくなったので、気分を変えて講評会にモノクロ写真を持参してみようと考えたのだが、そんな動機で撮ろうとしても気に入ったものが撮れるはずはなかった。

若い人からすれば、年寄りが考えることや感じることは皆おなじだろうと思うかもしれないが、生きてきた時間が長い分、人それぞれで違いは大きい。だから、写真教室に限ったことではないが、高齢者の集まりは難しい。いまさら深く付き合うのは無理があるし、そもそもそういうことを望んではいないのだ。

私は、どんな集まりでも自分が興味を持ったものには、友達が一緒でなくとも、ひとりで入会するのは平気だ。ランチとかも、食べたければ一人で店に入る。一人で入会したほうが新しい人との出会いがあるのでよいというのも、よく聞く話だ。

その場で楽しくおしゃべりして気晴らしができれば、それで十分だ。共通の趣味の話ができれば、うれしい。

こう書いていて、思い出した。昔、自分が講師をしてた高齢者向けパソコン教室のことだ。この教室では新年会とかバス旅行とかをやっていた。休憩時間には、お茶やお菓子を振る舞った。通ってきてくれる人たちは、生徒というよりお客さまである。だから、これは単なるサービスだと思っていた。当時の私は高齢者の心情を理解していなかったのだと、自分自身が歳をとって、やっと気づいた。

知識の習得と娯楽。大事なのは、この二つが満たされることだ!

高齢者がカルチャースクールに通うのは、もちろん知識を得るためではあるが、それだけではつまらない。共に楽しい時間を過ごしたいのだ。しかし、娯楽のためだけの集まりでは、これまた虚しい。いつくになっても学び続けたいという向上心が満たされ、同時にイベントやお茶の時間を通して気楽なおしゃべりもしたい。そんな心地よい場所をカルチャースクールに求めていたのではないだろうか。

あのパソコン教室のシステムを考えた経営者はすごかったのかもしれない。結局、スマホの普及で潰れたけれど、まぁ時代の流れは致し方ない。

皆さん、お元気でお過ごしだろうか…
楽しかったなぁと、たまには思い出してくれているだろうか…

結局のところ、自分の機嫌は自分でとるしかない。さて、私は、あす何しよう(笑)



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