形成力



1. ガレノスの発生論にみる形成力の起源 

形成力という概念は、ヨーロッパの科学革命期に鉱物や化石などの形成をめぐる議論でしばしば観察されるが、それは医学の伝統において先行していた理論を応用したものである。前身となる考えは、近代以前のアラビア語圏やヨーロッパ世界における発生論で頻繁に言及され、その起源は古代ギリシアの医学者ガレノス(129-c. 216)の発生学にさかのぼることができる。ガレノスは「形成する力」(dumanis diaplastikê)という表現を有名な著作『自然の機能について』をふくむ全著作の少なくとも6か所で使用している。ガレノスによれば、この力は四元素(火・空気・水・土)の四性質(温・冷・乾・湿)には由来しない自然な力で、生物の形成における高度に複雑な働きをつかさどるという。


2. 中世アラビア語圏とヨーロッパにおける受容 

ガレノスの考えは、ペルシアの哲学者・医学者イブン・シーナー(980-1037)に受容される。大きな影響力をもった著作『医学典範』で、イブン・シーナーは生物の発生についての議論で「形成力」(quwwa musawwira)という表現を採用した。『医学典範』の成功により、この概念はアラビア語圏で幅ひろく流布し、ラテン語訳をとおして中世期のヨーロッパにも導入される。イブン・シーナーとならんで哲学者イブン・ルシュド(1126-1198)も、「医学者たちの考え」として形成力に言及している。これらの著作家たちの権威のもとに、ヨーロッパのスコラ学者たちは、 virtus formativa あるいは virtus informativa という用語でもって形成力の概念を利用するようになる。すでに『医学典範』のラテン語訳に登場する二用語の差異は、それらを受容した著作家によって異なり、注意ぶかい分析が必要となる。スコラ学者のなかでも、とくにアルベルトゥス・マグヌス(c. 1193-1280)は、この概念を生物の発生だけではなく、鉱物や化石の形成もふくめた自然学に幅ひろく応用した。アルベルトゥス以降、形成力は自然物一般の形成をめぐる議論で頻繁に言及されるようになる。


3. ルネサンス期ヨーロッパとシェキウスの理論

 中世をとおして形成力はスコラ医学の伝統の一部となったが、ルネサンス期にはイタリアの人文主義者ニッコロ・レオニチェノ(1428-1524)の発生学的な小著『形成力について』De virtute formativa(1506年)によって新たな注目を集めるようになる。アリストテレスの教えにしたがって、種子には「植物的な霊魂」(anima vegetativa)が内在すると考えられていたが、レオニチェノは形成力を植物的な霊魂がもつ力と同一視した。つづいてチュービンゲン大学の哲学者・医学者ヤーコプ・シェキウス(1511-1587)は、著作『種子の形成的な力能について』De plastica seminis facultate(1580年)において、ギリシア語に由来する形容詞をラテン語化した plasticus を採用し、「形成的な力能」(facultas plastica)という表現を提起する。シェキウスによれば、形成的な力能は特定の形状をもたない種子の物塊から、形状や数、位置などが定まっている諸部位をもつ身体を規則正しく形成するという。人間の霊魂はそのつど神によって直接的に創造されるが、それ以外の動植物の霊魂はこの力能がつくりだすとされた。この力能によって諸生物の個体を生みだしつづけることで、創造神はすべての種族の永続性をたくみに保持するのだ。シェキウスは、こうした自然界の特殊な力能を神が自身の「見えざる手」あるいは道具として創造したのだと主張した。


4. 17世紀におけるシェキウスの理論の受容

シェキウスの議論は17世紀前半には、ウィッテンベルク大学の医学者ダニエル・ゼンネルト(1572-1637)をはじめとする、ドイツや英国の新教徒の自然哲学者や医学者たちのあいだで幅ひろく知られるようになる。科学革命のアイコンでもある医学者ウィリアム・ハーヴェイ(1578-1657)も、この考えに依拠して「形成力」(vis plastica) の考えを自身の発生学で展開したことは特筆に値するだろう。


5. 形成力から形成的自然へ

17世紀後半になると、形成力は発生学だけではなく、自然哲学の幅ひろい文脈で重要な役割をはたすようになる。イエズス会士のアタナシウス・キルヒャー(1602-1680)は、この概念を鉱物や化石の形成にまで応用し、文芸共和国でひろく論争を巻きおこした。より重要なことに、ケンブリッジ・プラトン主義者として知られるヘンリー・モア(1614-1687)やラルフ・カドワース(1617-1688)は、形成力の考えを「形成的自然」(plastic nature)の理論へと昇華させる。こうして、もともとは諸生物の形成を説明するために利用されたこの概念は、被造世界の成立ちと働きを統一的に説明する学説として、重要な形而上学的かつ神学的な含意と深みをもつにいたる。それゆえに、単純な機械論にもとづいた生物発生の議論に不満をいだいていた哲学者ライプニッツ(1646-1716)も、彼らの学説に鋭い関心をよせたのであった。


【参考文献】

ヒロ・ヒライ「霊魂はどこからくるのか?:ルネサンスの医学論争」、ヒロ・ヒライ+小沢実編『知のミクロコスモス』(中央公論新社、2014年)

Hiro Hirai, Medical Humanism and Natural Philosophy (Leiden: Brill, 2011).

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