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またね、ポニーテール


「ポニーテールが似合うね」

 小学4年生くらいの時、隣の席の男の子に言われた言葉を未だに覚えている。何十年経っても忘れられず、私はポニーテールが似合う人なんだと信じて疑わなかった。
 今はショートカットにしてしまったけれど、背中まであったロングヘアを切るときに「ポニーテールが出来なくなるなぁ…」と妙に切なかった。

 時が経ち私は母親になり、同じく小学4年生の娘の髪の毛をポニーテールに結い上げる。
 この子の髪型を『ポニーテールが似合うね』と、存在を肯定してくれるかのような笑顔と話し方で、褒めてくれるクラスメイトは存在するのだろうか。
 あの時代、私のことを褒めてくれた彼は、かなり希有な存在だったに違いないと思いながら、櫛を通す。
 
 ポニーテールを褒めてくれた彼は、私の前から姿を消した。
 突然の出来事だったけれど、涙が出なかった。徐々に欠席が増えていった彼のことを、どこかでそうなるんじゃないかと感じていたのかもしれない。
 また会える気がしていた。そんなことはあるわけ無いと頭では分かっていたが、違う場所に引っ越してしまったような感覚だった。

 高校生の時、弁論大会で彼との交流について発表した。担当の先生も内容は素晴らしいからと応援してくれていたが、開口一番彼との記憶が走馬灯のように駆け抜けた。
 涙が溢れる。声が出ない。みんなが見ている。
 どうにか言葉にしたが、恥ずかしさと悔しさでいっぱいだった。自分の中で、これ程にも友人の死は大きな存在だったのかと改めて感じた出来事だった。

 彼は白血病だった。
 私の髪の毛を褒めてくれた彼はニット帽を被り登校してきた。
 あの時、自分が辛く苦しい状況に立たされていながらも、友人の髪の毛について笑顔で口にした彼の気持ちを、私は何も考えていなかったんじゃないかと思う。
 恥ずかしさと嬉しさと、褒められることの幸福感を身体いっぱいに感じ、その感覚を忘れないまま大人になった。
 
 ショートカットの今も、たまに足らない髪の毛を集めてポニーテールを結ぶ動作をする。パラパラと落ちてくる纏まらない毛に苦笑しながら『忘れないよ』と呟く。
 そして今日も娘の髪の毛をポニーテールに結ぶ。

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