中身のない人間になりたい 。

空っぽで薄っぺらく
何も考えていない 当たり障りのない なんの変哲もない なにひとつ面白くない 空洞が服を着て歩いているような そういうものに ワタシハナリタイ

 
もう十分すでに厚みも深みも味わいもコクもない
そんな人生だが
これでもまだ足りない
もっと中身がなくなりたい

つまりは人一人生きていたら
何かしらの中身はあってしかるのだ。
街ゆく人々も自宅に引きこもってる人々も
南米の島の原住民たちも生まれたての赤子たちも 
その人の自我と自意識と社会性と普遍性が服を着たり脱いだりしているのだ。日時天候問わず。

 
 
それぞれの事情や感情があり
それを見る角度によって価値観の差異が生まれ
その相対的なものを都合良く常識と呼んだり
俗悪を含ませ人間らしさとかカルマとか名付けたり
してるだけ
なのだとしたら

 
もうそれすらも いらないのだ
 
 
 
 
コイツはヤベぃぜ
つまり人類の文明とか文化とか叡智とか道徳とか、そういったものが わたしゃもうなんか 煩わしい うっとおしい メンドくせぇ
 
頭脳労働ですら 疲労骨折気味なんだ
生きてる意味とか生まれてきた理由とか
そんなもの どうでもいいんだ
ジャマなんだ

うるせぇんだ
 
 
努力とか美徳とか達成感とか仕事内容とか
ただそういう体育会系的なものを批判したり揶揄したりする概念とか、情念とか、風潮とか
そしてそのどちらでもなく器用に上手く立ち振る舞おうとする姿勢とか、技術とか、情報とか
さらにそれすらも捨ててあらゆるものに属さないとする生き方とか、宗教観とか、哲学とか
 
あぁもうぜんぶ うるせー

 
知らん

知らん

知らん
 
 
私はそれよりももっともっともっと
なにかを考えたくないんだ

考えること自体が嫌なんだ

馬鹿みてぇになりたいんだ

という馬鹿なんだすでに。

そういう事考えてる時点で間抜けなんだ。
それ自体が。

じゃぁもういいじゃない

滑稽で。

お腹空いたら飯を食い
催したら排泄し
眠くなったら睡眠し
エロくなったら繁殖し
理性解くなら酒を飲み
生きているなら息をする

それでいいそれだけしてたい

生きるの飽きたら死んでいる

そんなでいい

 
ほらまだ 全然
そういう感じの中身ある 。