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あの頃の子育て

宇宙=土星びいきな次男です。

でかい顔を落書きで描いて、その紙を即席のおめんにする遊びは高校生のときにやったなぁ…と今思い出しました。

↑高校生!?小学生じゃなくて???

うん、あれは高校生のときだったな。

マスクのなかで、いかにバレずに変顔するかとかやってたな。

あ、、それはいまもやるな。。

わたしにとってはあの頃、
青春が長すぎて、
全身が青い中にどっぷりと入ってたのでその青さに気付けず過ごしていたし
漠然となんでもできると思ってたな。

我が家の面白子どもたちは、
それぞれどんな高校生になるんだろう。
たのしみだな。

みんなそれぞれ、長所の土台は誇ってしかるべきものが築けている
持って産まれたものもあり、肯定されて固まったものもあり。いずれにせよ彼らが自分たちで固めてきた土台。

何歳でも、自閉症でも健常児でも、この先違う性を選んでも、地球の外で仕事をするとか選択したとしても、

なにも心配はない。

子どもが赤ちゃんのとき、
わたしは爆裂に精神不安定だったので、人生の先輩マダム達に「今が大変だけど1番幸せよ」と言っていただくたびに絶望していた。
ここが…絶頂…??
わたしはこんなにわたしが嫌いで、、こんなに世界に色がないのに…???
とか思ってはニコニコと笑顔を返した。

子どもはとてつもなく可愛かったが確実にあの頃、幸せじゃなかった。

だから正直、早く大きくなってほしかった。いまも赤ちゃんは死ぬほど好きだけど、赤ちゃんとの生活は超絶向いていなかった。
そしてそんなことを思考することさえ罪だと思って落ち込んだ。

いま、3人とも小学生となり、赤ちゃんから子どもになった。大きくなった。
それが叶って、
いまわたしは精神的に落ち着いて、
人生が真っ黒の底無し穴と感じることも減った。
ずっと大切にしたかった日々をいま大切にできている気はする。ただ本当に意識すればするほど、一瞬で過ぎていく。

子どもたちは、それぞれ20Kg〜40Kgになったけど、まだ全員立って抱っこできる。腰をつかうのがコツ。毎日一回はする。ハルはわたしとほぼ同じ体重だけど、抱っこされるのがうまい。

でかい子を抱っこすると、若干の照れと嬉しそうな顔が見れて、でかくなった可愛さってある。

いま、いちばん楽しい。

だから子どもが赤ちゃんのとき今が一番幸せ!恵まれてる!と思い込もうとしてたときは、
我ながら不健全だったなとも思う。

自分の気持ちを見る前にまず他と比べていたからだ。

赤ちゃんのいる家庭はキラキラふわふわ幸せに演出されることも多いけど、生活がずっとゆるふわ幸せでいられる筈もなくギャップによくやられて(勝手に)よくその落差に
「間違い」の烙印を押された気になりしにそうになったりした。

何故なら「正解」がわからなかったから。

もっといえば「正解がない」というこの世の真理をわからなかった。

結論① 小学生のいる家庭は面白い。

結論② あの漫画からこんなことまでツラツラ書いちゃうなんて、文章を書くのって、やっぱり面白い。。

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