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杏仁豆腐のウィキペディアには亡霊が棲んでいる

写真を消す癖がない。

スマホとかiPadの容量はいつも持て余している。黄色い帽子が外れた頃にはパソコンくんだった私は、スマホよりキーボードをいじってばかり。だから、他に使い道も無いデバイスは写真を保管するストレージとして雑に扱っている。
そんなわけで、私の写真フォルダには撮った動機もわからない写真がひたすらに積み重なっている。そしてたまに見返しては、思い出未満の朧げな記憶を再現したりするのだ。


でも先日、朧げなままにしておけない衝撃をもたらしたのが、このスクショである。



ウィキペディアだな……杏仁豆腐?のウィキペディアか。



うん。


何?





あんまんハニードレッシングあんとう豆腐との出会い

クセのない杏仁豆腐の画像に、謎のキャプション"あんまんハニードレッシングあんとう豆腐"が当然みたいに居座っている。

あんまんハニードレッシングあんとう豆腐は、友人がたまたま発見して、一夜でひとしきり盛り上がりった記憶がわずかに残っている。当時から放置してたスクショを掘り起こしたのである。
もちろん今に至るまで、誰も何も理解できていない


あんまんハニードレッシングあんとう豆腐って何?そういうのがあるの?


無いよね!?知ってるわ。じゃあなに?

荒らしにしてもそんなやり方あるか?

何?


激情を封じ込めようとして、遺影代わりのスクショを撮ったのが2021年1月12日のことである。

せっかく掘り起こした今日は少しでも謎を解決したいところだ。誰が何のためにこんなことしたんだよ。



巡礼

残念ながら令和最新版の杏仁豆腐記事には、”あんまんハニードレッシングあんとう豆腐”のキャプションは残っていない。

まあ仕方ない。「でも、ウィキペディアには編集履歴が残っているから、過去の版を遡れば見つかるだろう」とメガネを上げたあなた。残念。


2023年8月1日現在。”あんまんハニードレッシングあんとう豆腐”の文言は過去全ての版にわたって存在を確認できません。


幽霊?


びっくりした。なんで無いの?絶対見たんだけど。
何?誰がおかしいの。私?世界?

本当に見たんだって。ほら、この写真よく見て。写ってるよね?実際見た時はもっと真っ白でくっきりしてたし。信じてくれって!





と一瞬驚いたけど、実は大した謎では無い。タネは、一定期間の記事のアクセスに制限がかかっているということ。具体的には、2017/4/24から2022/7/6の間全ての記事である。

ページの履歴を見ればわかるが、原因は著作権侵害である。参考文献を丸パクりしてしまったようで、それが掲載されている間の記事にはアクセスできなくなっている。

こんな暇つぶしみたいなページでもソースがチェックされるのは大したことですね。
でも、パックンのせいであんまんハニードレッシングあんとう豆腐の生の証が、ウェブ上に存在できなくなってしまったと考えると恨めしい。
遺影と呼んだのが遅れて意味を帯びてくるとは思わなかった。

ちょっと時間軸をまとめて、調査を進めよう。



Twitterの反応

Twitterを調べてみると、あんまんハニードレッシングあんとう豆腐に気づいた人は、数人だが確かに存在するようだ。
初出は2020年10月22日。私よりちょっと先輩。

その人たちを見てもやはり、取り憑かれたように”あんまんハニードレッシングあんとう豆腐”を連呼している。3人くらいなのに数十ツイートしてんじゃないよ。

2022年4月6日には消えていたという情報も手に入った。表を更新して次に行こう。

出現時期:2017/4/24 - 2020/10/22
消失時期:2021/1/12 - 2022/4/6

うーん。



裏技

あんまんハニードレッシングあんとう豆腐、あなたがいつ出現していつ消失したのかを知りたい。でも見ての通り、現状では年単位のレンジでしか絞れていない。
さらに、閲覧できる版には2017年→2022年までのブランクがある。5年間の変化というのはあまりにも大きくて、編集履歴とページの変化を対応させて総ざらいするなんて不可能なのである。


じゃあ、あれを使おう。あれアーカイブ。パックマンが居たこともあるのでサッと行きます。

使いました。ずらかるぞ。

便利な時代だ。
出現時期:2020/5/18 - 2020/10/22
消失時期:2021/1/12 - 2021/7/31

にまで絞れた!謎解きも佳境である。



犯人は。。。

出現時期をかなり絞れたので、その間に行われた編集をページの履歴から全て洗ってみた。すると、一人だけ何やってるかわかんないやつが居た。

Jagseer S Sidhuさん。他に可能な人間がいないため彼に間違いない。

なんでも彼はパンジャブのウィキペディアの管理に関わっている公式側の人間らしい。いい写真だ。


彼の投稿記録を見ると、#WLFと宣言して多くの記事に画像&注釈追加をおこなっている


うん。あんまんハニードレッシングあんとう豆腐のにおいがする。

例えば韓国語版への投稿記録を見ても割と似た活動をしているようだ。これは全貌が見えてきた気がする。


消失時期も同様に調べて特定してきた。
さあ、種明かしである。



結論

Jagseer S Sidhu, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, link

Jagseer S Sidhuさんはパンジャブ語を第一言語とし、英語など他の言語でも編集活動をする。あんまんハニードレッシングあんとう豆腐を生み出したのはWLF(Wiki loves folklore)というイベントである。

ウィキペディアに載る写真は個人が撮影したものに限られることもあり、運営は写真コンテストを開催することでコンテンツの充実を図ったりする。WLFはその一環で、民族文化や食文化などに関わる写真コンテストである。
そして彼は、このコンテストで投稿された写真を様々な言語の記事に移植する業務を行っていたと推測できる。

確かに、あんまんハニードレッシングあんとう豆腐の写真は、英語版Wikipediaの”Annin tofu”記事が初出である。そこには、”Annin tofu with Osmanthus-honey dressing.”の注釈がなされている。

Jagseer S Sidhuさんは、日本語を使えないので翻訳機にでもかけたのだろう。そうして、日本語版に”あんまんハニードレッシングあんとう豆腐”なる文字列が存在できてしまったのである。

Bing翻訳でも割と似たようなのが出てくる


そして、それが別の誰かによる著作権侵害の説明の掲載時期に包含されてしまったことで、綺麗にネット上からは排除され、ごく一部の人の記憶とローカルストレージに棲み着く亡霊となったわけだ


杏仁豆腐ウィキの歴史(完全版)



どんな写真にも同じだけの思い出があるわけではない。ガチャの結果、乗換案内、漫画のコマ。その場限りで他愛ない写真だってたくさんある。

でも他愛なさを、いつでも撮れる写真だということに負わせているのなら、それは簡単にひっくり返る。だって、私がボタンを同時押しした後日、世界からあんまんハニードレッシングあんとう豆腐の全記録が消えるなんて予見していなかった。

写真には《それはかつてあった》を決定的に刻み込む力強さがある。
だから、私はこれからも、いらない写真を好きに積み上げる。そして、あなたの写真フォルダにも何かが棲んでいて、見つけてもらえるのを待っているかもしれない。


^^




補記

事実確認と許諾のために本人にメールしてみたところ、親切に返信いただけた。本人も明瞭には覚えていないそうだが、推測部分に間違いはなかった。
Thank you for your assistance, Mr. Jagseer S Sidhu

<ページサムネ画像>
DragonSamYU - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=87569759による


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