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巨漢を討て

 無職に突入してからの1週間、過去に類を見ないほど忙しくあちらへこちらへ奔走していた。
 一昨年の暮れに購入したiPhone7のアップデートが失敗したため無限リンゴ状態になり、わざわざ捨てるほどでもないが持っていることでなんとなく追われている感じが癪で且つ現在無職という重要連絡を必要としない期間でもあるので、故障を天啓と捉えて、ここぞとばかりにネット断ちをした。これでロハスでミニマル、デジタルデトックスなどものともせずクオリティオブライフのみを追い求めるニュージェネレーションなピープルの仲間入りである。さながら世捨て人。さながらサドゥー。と自己を啓発して軽く向上したが、人生とは摩擦ゼロのウォータースライダーではなく鋭利で頑強な岩がそこかしこに突き出る濁流、一筋縄でいくはずなく、リンゴのロゴしか表示されないiPhoneを前に鼻息を荒くしていると、なんと蒙古が攻めてきた。
 
 海の方から蒙古の軍勢がゴリゴリ攻めてきたので、叔父上率いる我々の軍はいざ迎え撃たんと刀と弓を振りかざし勇んだものの、てつはうをぶっ放し青龍刀を振り回す大陸からきた巨漢どもを前になすすべもなく壊滅。僕も剣の道を極めんと鍛錬を続けて10年にもなる武士の端くれではあるが、瀕死。かろうじてとどめを刺されることはなく、目が覚めるとあたりは死屍累々。叔父上は連れ去られてしまったようである。侍精神で考えれば己の不甲斐なさ、死するまで抗いきれなかったことを悲観しここで腹を切るもあるにはあったが、そこは持ち前の楽観で死ぬよりも仲間の仇を打ち叔父上の奪還が優先であると思うた。このあたりで連中が拠点にするところといえば金田城であろう。ところどころ破れ打ち砕かれている鎧をまとった瀕死の体にムチを打ち、死体がうずたかく積まれた小茂田の浜を後にした。

 目当ての金田城に着くと、ドンピシャリ。灯籠には火が灯され、正門の前には番兵が数人立っている。瀕死の僕は番兵の監視など意に介さず、否、介すことすら出来ず前に進んだ。なんかすごい荒い波が岩場に当たり飛沫が撥ねる海、に面した岩壁にそそり立つ城の正門へと続く橋。下を見ぬようにして渡っていると、門が開きチェホンマンと曙を足して割らなかったようなガタイの男が出てきた。その男は山が鳴くような野太い声でコトゥンハーンと名乗り一騎討ちを持ちかけてきた。アホの子が持つような大剣を担ぎカタコトの日本語で威圧してくるが、こんな図体ばかりの独活の大木にのされる侍ではない。数の力、人海戦術で押し切られれば先の小茂田の浜の再現となりうるが、一騎討ちに持ち込めばこちらのものである。と思ったも束の間、数度鎬を削ると、なぜ格闘技の試合に階級という制度が設けられているのか詳細に語れるくらいには理解した。次の瞬間コトゥンハンの大剣は武士の魂ともいえる僕の刀を弾き飛ばし、屈強な手で首を押さえつけられ、欄干に追いやられていた…。
 で、まあその後は海に落とされたり弓取りや夜盗など集めて結託したり親友に裏切られたり馬に乗って北へ南へしてなんやかんやしているうちにコトゥンハンの第一の拠点は取り返して叔父上を救出した。そんな1週間であった。

 この1週間、本当に忙しかったとも、何もしなかったともいえる。かたや寝て起きて蒙古の魔の手から対馬の奪還に励む、かたや寝て起きてPS4を起動して蒙古の魔の手から対馬の奪還に励む。PS4を起動しているかしていないかの違いでこんなに違うものなのだ。
 PS4を起動して対馬の奪還に励んでいたこと以外でいえば、正味なにもしていない。なにもしていないが、本当に何もしていないということは寝たきりにでもならない限りない。そこで無理やりこねくり回して何かしたということにするのであれば、雨天で帰れないという弟の送迎、ネットで売れたメリケン御用達B3のムートンジャケットの発送、機種変更、サグマトンカレー、精神科へ薬を取り入ったその足で飲酒し案の定ダウンした父親の送迎、一緒に飲んでいて終電を逃したオジサンの送迎、荷下ろし、皿洗い、サウナ、人生初の官能小説の購入、などであろうか。すなわち人生。

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