クレイジーなオーストラリア生活の始まり
こんにちは!!!
オーストラリアに来て約2ヶ月が過ぎました。
今日はオーストラリアに来て2ヶ月の間どの様な生活を送ってきたかについて話していきたいと思います。
3月27日の夜9時に伊丹空港を出発しました。
しかし、エンジントラブルのおかげで朝の9時半の到着予定が昼の14時にオーストラリアのシドニーに到着。最高のスタートを切りました。
空港にナオコさんというオーストラリアでのお世話役兼代理人の方に迎えが来てくれたのでそこからシェアハウスへ向かいました。
シェアハウスは全員日本人で、キッチンやシャワールーム、トイレは共有し、部屋だけ一人一人分かれているという感じでした。
僕が住んでいる地域はニューサウスウェールズ州、シドニーのChatswoodという地域で、シドニーのシティから電車で20分ぐらいの所なのでまあまあ都会です。
なんとその日、オーストラリアでは奇跡的に一年に一回の「マルディ•グラ」と呼ばれるゲイパレードの日だったので世界中から人が集まっていて、街はとても賑わっていました。
せっかくなので、行ってきました。
こんな感じです。
(2枚目、3枚目はGoogle画像より)
世界中から人が集まるのでとりあえず人が多すぎました。
初日からこんな貴重な体験が出来るなんて思ってなかったので最高の初日を迎えるはずでした。
その日の夜、、、
トイレに行くために部屋を出て、部屋に戻ろうとしたらなぜかドアノブが回らない。
ドアに勝手にロックがかかっていました。
鍵は部屋の中。
スペアキーはナオコさんが持ってる。
ケータイも財布も何もない。
終わったと思いました。
時刻は夜の12時。
奇跡的に、地下に埃まみれの牢屋みたいな部屋があったのでそこで枕も布団もないまま寝ました。
次の日の朝、同じシェアハウスの方にケータイを借り、ナオコさんに電話したところ、今仕事中だから夕方の18時まで家に帰らないとのこと。
パジャマ姿に裸足サンダル、何も食べれないまま18時まで外でぶらぶらして時間を潰しました。
まじで辛かったです。
こんな感じで僕のオーストラリア生活はスタートしました。
3月3日の火曜日。
ようやくオーストラリアに来てからの初めてのセレクション。
初回でも紹介した、ウーロンゴンリーグのTarrawanna Bulleysへの練習参加です。
僕が住んでいるのはシドニーの、chatswoodという地域なのですが、なんとそこから電車で約2時間もかかります。
この移動時間は凄くきついですが、電車の往復4時間を上手く利用しいつも英語の勉強に当てています。
ウーロンゴンリーグには3人の外国人枠があり、
Tarrawanna Bulleysは既に2人の日本人が契約していました。
僕が行った時は自分を含めて3人の日本人がセレクションに来ていて、3人で残り1枠を取り合うという形でした。
オーストラリアのボールは日本に比べて柔らかくて、感覚が全然違って最初、慣れるのに苦労しました。
練習終わりにセレクションに来ていた僕たち3人が監督に呼ばれ、今度の日曜日に練習試合があるからそこで判断したいと言われました。
試合当日。
炎天下の中試合がスタート。(気温は30度ぐらい)
ハーフタイムに監督に呼ばれ、いくつか指示をされましたが全くもって理解することが出来ませんでした。しかし、戦術を理解しているということをアピールしたかったのでとりあえず全部頷いて理解したことを伝え、後半に臨みました。
結果、3ー1で勝利。1ゴール、2アシストと全得点に絡むことができ、試合終わりにオファーを貰うことが出来ました。
それからすぐ、コロナによって活動が停止されたのでもしオファーを貰えてなかったら今頃無所属の状態だったので本当に危なかったです。
チームが決まってとりあえず落ち着いたので、そこからバイト探しを始めることに。
(オーストラリアは練習や試合が夜にあるので、日中は基本皆バイトをしています。)
Jams TVという日本人専用のバイト探しのサイトがあるので、それを使って探し始めました。
最初はレストランなどのホールで働き、英語のスキルを磨こうと考えていましたが、ホールで働くにはどうやらお酒を扱う資格(RSA)が必要らしく、その資格を持っていなかったので働くことが出来ませんでした。
しばしば、レストランのキッチンスタッフに応募しました。
面接に行き、その場で合格を頂いたのでさっそく、次の週から働き始めました。
ジャパレスなので働いている人はほとんど日本人でしたが、何人か外国人の方もいたので、積極的にコミュニケーションを取るように心がけました。
ちなみにオーストラリアはバイトなどの時給が日本に比べて高く、多い人で時給2200円の人なんかもいました。(僕は時給1200円スタート)
サッカーをしている人はバイトとサッカーの両方でお金を貰えるので、結構普通に貯金出来ると思います。
でまあその後、バイトから急に「コロナの影響で、今日を持って辞めていただくことになりました」というメールが届き、1週間でクビに。
今はサッカーも活動休止で、怪我で自主練も出来ないので、日中は基本的に英語勉強と食糧の買い出しに行き、夜はNetflixや本を読んだり、日本の友達と電話したりするのが最近の日常です。
もちろん街がロックダウンしているので、店もほとんど空いておらずバイトも出来ないです。
4月になって、駅前のマンションにあるシェアルームに引っ越しました。
日本人4人のシェアルームです。
理由は、前のシェアルームよりも家賃が約2万円安くなり、そしてなんとジムとプール(今はコロナの影響で使用禁止)も付いているからです。
超お得物件でした。
部屋からの景色はめちゃめちゃ綺麗です笑
外国人とのシェアハウスも考えていましたが、最初はお金が無かったので、家賃が安くかつ施設も整っているここに引っ越しました。
また、語学学校にも行っていない身なので、まずはシンプルに英語を集中して勉強出来る場に身を置くことに決めました。
かといってインプットした英語力をアウトプットする場がないと英語は上達しません。
そこで、「Hello talk 」という日本語を学びたい外国人とマッチング出来るアプリを使い、基本的にはそれをアウトプットの場として活用しています。
またこれは1ヶ月ぐらい前の話ですが、ショッピングモールの前にいるホームレスの人に話しかけてみました。人通りも結構あり、その中で地面に座って2人で30分ぐらい会話をしました。
元々そこにホームレスがいるのを知っていたので、あらかじめ何個か話すフレーズを考えておいて、そこへ向かいました。
•Why are you here?
なぜあなたはここにいるのですか?
•What did you do?
何の仕事をしていましたか?
•I don't discriminate even if you're homeless.
私はあなたがホームレスであっても差別はしません。
そして最後に使うための、
•This is a tuition.Thank you.
これは授業料です。ありがとう。
こんな感じで考えていきました。
最初の3分ぐらいで全てのフレーズ使い切ってしまったので、そこからはただただ聞き取れなかったのを何回も話してもらってたり、ノートに書いてもらったりしました。
まだまだネイティブのスピーキングを聞き取るのは難しいですが、
一回実戦でアウトプットしたフレーズは頭の中にインプットされやすいので、僕はもうこの4つのフレーズは忘れないと思います。
なぜわざわざホームレスとの会話を選択したかというと、シンプルに地面に座ってホームレスと喋ってる人なんて今まで見たことなかったからっていう単純な理由です。
誰もしないようなことをするその先にもしかしたら何か新しい発見や気づきがあるかもしれませんから。
彼の名前は、アダム。
漁師らしいのですが、冬は魚が釣れないから仕事がないと言っていました。
今回で友達になれたので、またコロナが落ち着いたら話しかけに行きたいと思っています。
食事は毎日自炊頑張ってます!
オーストラリアは物価が高い割に食材の値段は意外と日本と変わらないので、安価で栄養価のある食生活を送れています。
得意料理は、チャーハンと、あとは、以上です。。
怪我をしてからは、靭帯に良いと評判のクルミやアーモンドを間食で食べるようにしています。
最近、怪我をした左足にも普通に体重を掛けれるようになってきて少しずつ治ってきていて、それのおかげか毎日テンションが高いです。
と同時にサッカーができない悔しさもあるのも事実です。
でもだからこそ、自分がそういう状態にいるからこそ、
好きなことができるという感謝の気持ちを思い出させてくれる良い時期だと思います。
感謝の気持ちを忘れることなく、リハビリ頑張っていきます!
See you later〜
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