清瀬保二のピアノ曲紹介(2)

執筆:Bel Oiseau

清瀬保二は、とくに1930年代から40年代にかけて、多くのピアノ作品を手がけています。それらは単独の作品であったり、いくつかの曲がまとまった組曲であったりしますが、ここでは1970年代に出版された『ピアノのためのポエム』という曲集に収められたピアノ小品を紹介します。この曲集には全部で11の作品が収録されており、作曲年代は、古いもので大正13年(1924年)、新しいもので昭和15年(1940年)ですが、中核となっているのは昭和6年から9年(1931年から34年)あたりの曲ですから、清瀬が作曲を始めて間もない頃から、新進の作曲家として活躍をし始めた頃あたりの作品が中心になっていることになります。前回紹介した《早春》という曲も、この『ピアノのためのポエム』に収録されている曲です。

・《スケルティーノ》(1928)
 今回は2曲紹介したいと思います。最初は《スケルティーノ》という曲です。交響曲の第3楽章にスケルツォという楽章があって、「諧謔的」とか「おどけた」「ふざけた」というような意味をもちますが、スケルティーノは、そのスケルツォの小さいもの、小さなスケルツォです。曲名の通り、軽快で、おどけた感じのある小品ですが、ペダルや強弱の指示がけっこう繊細に指定されてもいます。清瀬はこの曲について「明るく、いささかおどけた感じである。リズムを正確に、軽快さがほしい」と書いています。

*動画では作曲年を1933年と記していますが、これは放送初演された年を誤記したものです。

清瀬保二《スケルティーノ》:河合珠江


・《春のスケッチ》(1931)
 2曲目は1931年に作曲された《春のスケッチ》です。この作品は全部で3つの曲からなり、第1曲からそれぞれ〈春の日永〉、〈哀愁〉、〈ビルディングの窓より〉というタイトルがついています。この時期の清瀬の作品の中では、比較的規模の大きな曲です。
 最初の〈春の日永〉は、冬が終わり、陽が長くなった午後ののんびりとした風情といった感のある曲ですが、中間部から後半にかけて意表をつく転調があって、清瀬の新しい音楽への関心を読み取ることができます。作曲者は「うららかな春の陽をあびて、固くなっていたからだも少しずつほぐれ、何となく楽しくなった気持を画いた」と述べています。
 次の〈哀愁〉は内向的な性格をもち、想念を思わず独りごちたような佇まいがあります。作曲者は「春の明るさと楽しさの陰に、何となく甘く、人恋しさの「かげり」が感じられる」と記しています。最後の〈ビルディングの窓〉は、一番モダンな響きがする曲です。最初に右手で演奏されるモティーフは曲の中で少しずつ形を崩してゆき、意図的な不協和音(F#とFの音のぶつかり)が穏やかな水面に広がる波紋のように、不思議な滲みをうみだします。作曲者は「うららかな春の陽をあびて街を歩いている人々を眺め、わたしも心おのずからまた楽しくなる」と書いています。

清瀬保二《春のスケッチ》:河合珠江


演奏:河合珠江(かわい たまえ)

大阪府立夕陽丘高校音楽科、京都市立芸術大学音楽学部卒業。同大学院修士課程を最優秀で修了。大学院賞受賞。その後、同博士課程に進学し、チェコの作曲家であるJ. L. ドゥシークについての研究を行い、同大学で初めて器楽領域での博士号を取得した。博士論文は『ヴィルトゥオーソの先駆としてのヤン・ラディスラフ・ドゥシーク―ピアノ・ソナタの技巧性』。
2010年3月、ドゥシークの故郷であるチャースラフにて行われたドゥシーク生誕250年記念シンポジウムおよびマスタークラス(フォルテピアノ)に参加した。2012年6月、ヤナーチェクの老いらくの恋を題材とした朗読とピアノによる音楽劇「君を待つ ―カミラとヤナーチェク―」(共演:広瀬彩氏、須田真魚氏)や、同年12月、ドゥシーク、スメタナ、スラヴィツキーといったオール・チェコ・プログラムによるリサイタルを、いずれも京都芸術センターにおいて成功させた。2014年6月には、初めて脚本を執筆した音楽劇「はつ恋 ―ヨゼフィーナとドヴォジャーク ペトロフが奏でる愛の詩」(共著:林信蔵氏、共演:大塚真弓氏)を名優・栗塚旭氏の朗読とともに上演した。
近現代の作品にも積極的に取り組み、2015年10月には、静岡文化芸術大学にて、レクチャーコンサート「音と沈黙のはざまで―サティがきこえる風景―」においてリサイタルを行い、得意とするサティや、早坂文雄、武満徹、高橋悠冶らの作品を演奏、2016年8月には、京都市立芸術大学にて、レクチャーコンサート「松平頼則の音楽」においてオール・松平・プログラムで出演し、それぞれ好評をえた。2018年は「松平頼則・ドビュッシー、エチュード全曲演奏会シリーズ」(全3回)を実施した。2019年は5月にエチュード全曲を含むオール・ドビュッシー・プログラムによるリサイタル「音の万華鏡」、10月にドビュッシー、ヤナーチェク、八村義夫等による「幻想の瞬間(とき)」を開催した。

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