第一章:アーケード

アーケードにはまだ明かりが灯っていない。

アーケードには、人々の眠る姿が、映っている。

アーケードに沿って並んだ小さなお店屋さんのショーウィンドーから

かすかに寝息が、きこえる。

陳列された小物や生ものが

布を掛けられて

中で小さくなっている。

軒先の看板が、宙に浮いている。

アーケードはケーキ屋さんから始まっている。

アーケードを通るわけはいろいろあるだろう。

その理由の数だけ、

アーケードには

アーケードに相応しいお店がならんでいる。

アーケードの突き当りには、公共の手洗いがある。

トイレに用はないにしても、その少し手前には、実は、レンラククチというのがある。

はじめにゆるやかな階段が三段あって、そこから筒状に、通路が伸びている。

伸びた先に東館がある。

ケーキ屋さんのショーウィンドにかけられた布をそっとめくると、

真っ暗なケーキが角を尖らせて並んでいる。

昨日、ケーキ屋さんのショーウィンドウの向こう側に

ふたりの女の人がいた。

どちらも、三角巾を頭に巻いて。

アーケードには、空気を密閉する作用があるようだ。

ケーキ屋さんから始まるアーケードの入り口と、駅の改札前広場の空気は

どうしても隣り合っている同じものとは、思えない。

冷たい夜風がアーケードを吹き抜ける。

アーケードの入り口に柵が下ろされる。

布を被ったお店屋さんが眠る間、

アーケードは、封鎖された通り道になる。


アーケードで待ち合わせをするひとは多い。

具体的にいうと、ケーキ屋さんの軒先で待ち合わせをして、

そこからアーケードを抜けて

連絡口を通り

東館のレストラン街に行くようなひとたちのことだ。

ケーキ屋さんではない

小さなお店で

待ち合わせをする場合は、

ケーキ屋さんの前の花屋か、

ソファーの場所の前のジュエリーショップだろうか。

ソファーの場所に行くまでには

アーケードを何十メートルか歩くことになるだろう。

時々ソファーの場所をきかれることがあるので、

アーケードを真っすぐ行って左側のジュエリーショップの前です、

という。

ほとんどのひとは、小さくお礼を言って

真っすぐに行くのだが、

時々真っすぐに行きたがらない人もいる。

何十メートルくらいですか、とか、

駅前広場の方から行った方が近いですか、とか、

頭をかかえたがる人がいる。

単純に、アーケードを真っすぐ歩いてください。

そうしたら必ず行き当たりますから

☆☆☆

昨日降った細かい雨で、

地に吸い込まれた人々が、

アーケードの前で、

体を丸めて、

静かに、待っている。

十時の鐘が鳴る。

柵が上がる。

アーケードが、開かれる。

丸まった人たちが、前を向き、

あの一直線の白いタイルの上を

歩き始める。

アーケードの、空色をした天井から、

雪が降る。

「十時の鐘が鳴る前に、できるだけたくさんの花を並べること」

スーツを着て、手に革の手帳を持ったひとが、

一週間に一回やってきて、

花の頭をつつく。

つつきながら、指示をする。

十二時の鐘がなる。

向かいのケーキ屋に、

ケーキが運ばれてくる。

クリーム色のだんだんに重なった

ケースの中に、

生れたての赤ん坊たちが、

寝かされている。

手袋をつけた人が、

そっと抱き上げる。

明るい透明なケースの中に、

入れられ、扉が閉まる。

赤ん坊たちは、目を瞑ったまま、

互いに手を取り合っている。



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