タイトル『光の中のさよなら』シナリオ
【あらすじ】
真中翔太は本人に代わって別れを告げる『さよなら代行メッセンジャー』の仕事をしている。一癖も二癖もある依頼が多い。
ある日メイド服を着た紗夢という依頼者が現れる。実は紗夢の中には地球を救いに来た宇宙人が憑依しているという。宇宙人は目的を果たしたので母星に帰る。それゆえ、紗夢の前に宿っていた相手に別れを告げてほしいと真中に依頼する。
紗夢の話が信じられず、一度は断る真中だが、彼女の不思議な能力を目の当たりにして興味を持ち、真実を確かめようとする。
実は宇宙人が宿っていたのは真中の飼い猫にょにょだった。そしてにょにょの気持ちが移ってしまい、真中に好意をもってしまっていたのだ。それは禁忌なので帰らなければならないと宇宙人は真実を告げて星へ帰っていく。
【人物】
真中翔太・まなかしょうた(25)さよなら代行業メッセンジャー
紗夢・さゆ (19)メイドカフェ店員
山井光子・やまいみつこ (38)江藤の別れたい相手
江藤澄夫・えとうすみお (40)依頼人
【シナリオ】
〇公園
真中翔太(25)と山井光子(38)が向かい合って立っている。
深刻な表情の2人。
真中「以上が、江藤澄夫さんからのメッセージです」
光子「つまり、貴方はあの人の代わりにお別れを言いに来てくれたってことなのね」
真中「そうです。さよなら代行メッセンジャー。それが俺の仕事です」
光子、鞄から総合格闘技用のグローブを取り出す。
真中「色々と事情はあるでしょうが、これを機に……」
光子、グローブを着用して、シャドーボクシングを始める。
光子のパンチは鋭く空気を引き裂く。
真中「あの、何を?」
光子「貴方、あの人の身代わりなんでしょう?」
真中「身代わりじゃなくて、代理」
光子「つべこべ言わず、殴られなさい!」
真中「ウエッ⁉」
光子「約束したの。別れるときは殴らせるって」
真中「お、おい!聞いてないぞ」
光子「このときの為にジム通いしたんだから」
真中「お、落ち着け!」
光子「問答無用!」
光子のパンチが真中の頬にクリーンヒットする。
〇道
赤く腫れた頬を押さえながら歩いている真中。
その行く手に絶対領域を露出したメイド服姿の紗夢(19)がいる。
ティッシュ配りをしている紗夢。
紗夢、真中に笑顔でティッシュを渡す。
ティッシュには『メイドカフェ・Cancie』の広告。
紗夢、真中の腫れた頬に気づき、
紗夢「だ、大丈夫ですか?お顔?」
真中「ああ、大したことない……痛たっ!」
紗夢「あの、よろしければ病院に」
真中「本当に平気なんだ。ありがとな」
真中も紗夢にティッシュを渡す。
紗夢「エッ⁉」
そのティッシュには『さよなら代行・真中翔太』の広告。
真中「もしストーカーとかで困ってたら来てくれ。なんでも相談に乗る」
去っていく真中。
その背中を見つめる紗夢。
〇雑居ビル・外観
中に入っていく真中。
〇同・真中の事務所内
机や来客用のソファが置かれ、キッチン付きの雑然とした事務所。
床に寝ている雌猫のにょにょ。
真中が頬を押さえて入って来る。
真中、にょにょに、
真中「おう、にょにょ。いつもの頼むわ」
腫れた頬をにょにょに向ける真中。
それを見ているだけのにょにょ。
真中「どうした?いつもみたいに、舐めて傷を癒してくれ」
窓から外へ飛び出すにょにょ。
真中「何だよ。反抗期か?」
チャイムが鳴る。
真中が入り口のドアを開けると、紗夢が立っている。
(以下、宇宙人が宿った人格の紗夢を紗夢Bと表記)
真中「⁉君、さっきの?」
紗夢B、堂々と中に入るとソファにドカッと座り、大胆に足を組む。
紗夢Bの絶対領域を見て、目のやり場に困る真中。
真中「お、おい、何しに」
紗夢B「決まってんだろ。依頼に来たんだ」
真中「そ、そうか……」
紗夢B「何突っ立ってんだよ。客に飲み物は?」
真中「あ、ああ。……悪いが、ミルクティーとかタピオカとかないぞ」
紗夢B「昆布茶が良い」
真中、首をかしげながら昆布茶の用意をする。
紗夢B「何だよ。不思議そうな顔して」
真中「いや。さっきと雰囲気大分違う」
紗夢B「そんな違うか?」
真中「ああ、全然だ。さっきのが商売用で、いまのが素顔なのか?」
紗夢B「実はな。今、俺はこの子の体を借りてる」
真中「お、俺⁉」
真中、昆布茶を持って、紗夢Bの正面に座る。
紗夢B「この地球上じゃエネルギーが足りなくてな。数分間しか実体化出来ないんだ」
真中「はあ……」
紗夢B「だからこの子……紗夢とかいう名前らしい。紗夢の体を借りて話してるんだ。だから俺のこと、とりあえず紗夢と呼んでくれ」
真中「……」
紗夢B「俺の母星は地球から何万光年も離れたNー38星だ」
真中「地球侵略にでも来たっていうのか?」
紗夢B「逆だ。この星の生きとし生けるもの全てを救いに来た。あっ、お礼はいらないぞ。全員からお礼されてもキリないからな」
真中「分かった。お前が働いているメイドカフェで、そういう設定のイベントやってるんだな」
紗夢B「まあ、信じないのも無理ないか。お前らにとって俺たちは神みたいなもんだからな」
紗夢B、昆布茶をすすろうとする。
紗夢B「熱いっ!」
昆布茶に息を吹きかかて冷まそうとする紗夢B。
真中「何だよ。自称神の癖に猫舌か?」
紗夢B「これは……紗夢の前に宿ってた相手の影響だ」
真中「意味わかんね」
紗夢B「ちなみにこの言葉遣いも前に宿ってた相手の周りから学習したものだ。おかしくても気にするな」
真中「まあ細かい設定はどうでも良い。具体的な依頼内容話せ」
紗夢B「ああ。俺はさっきも言った通り、この星を救いに来た。そして俺の活躍で危機は去った。だから母星に帰る。次に宵の明星が輝くとき……今晩か明日か」
真中「……それで?」
紗夢B「察し悪いな。大体この星ではいちいち言葉で伝えるのが面倒だ。俺の母星では」
真中「だから、細かい設定はどうでも良いから。ちゃんと話せ」
紗夢B「だから、紗夢の前に体を借りてた相手に別れが必要だろ」
真中「それを俺に代行しろと」
紗夢B「そうだ」
真中「自分で言えばいいだろ。自称神なんだから」
紗夢B「これだから……レベルが違いすぎて伝わんないんだよ。この星の人類でもそうだろ。幼稚園児相手に大人の別れの挨拶は通じないだろ」
真中「ああ、そうかよ。悪かったな、地球人は低レベルで」
紗夢B「なんだ?引き受ける気なさそうだな」
真中「あんま大人をからかうもんじゃないぞ」
紗夢B「もういい」
ふくれっ面して去ろうとする紗夢B。
真中「何だよ。自称神の癖に感情的だな」
紗夢B、引きかえし、
紗夢B「忘れてた」
紗夢B、真中の腫れてる頬に右手を当てる。
真中「お、おい!」
紗夢B「少しじっとしてろ。悪いな。触れてないと駄目なんだ」
真中「……この感じ……」
数秒して手を放す紗夢B。
紗夢B「じゃあな」
去っていく紗夢B。
真中、鏡で自分の顔を見ると、腫れは引いている。
〇メイドカフェ『Cancie』内
客席に座っている真中。
そこに紗夢が近づいてくる。
紗夢「お帰りなさいませ御主人様。萌え萌えキュイン」
真中「あ、あのさ」
紗夢「あっ!さっきの怪我してた御主人様!すっかり治ったみたいですね。良かったです」
満面の笑みを浮かべながら、去ろうとする紗夢。
真中「待ってくれ。話が」
紗夢「エッ⁉もしかして、紗夢と2人っきりでですか?」
真中「ああ」
紗夢「ありがとうございます!個室コースご案内です!」
真中「個室コース?」
真中、壁を見ると『メイドと個室で2人きり。30分3千円』とある。
〇同・個室内
狭い空間に所狭しと萌え系グッズが置いてある。
笑顔の紗夢と居心地悪そうな真中が対面している。
紗夢「何して遊びます?御主人様」
真中「いや、さっきの話……」
紗夢「ハイ?」
突然意識を失ったようにカクンと首がうなだれる紗夢。
真中「お、おい。どうした?」
顔を上げると紗夢Bになっている。
紗夢B「話したいのは俺とだろ。御主人様」
真中「お前……二重人格なのか?」
紗夢B「だから、さっき説明しただろ。いい加減信じろ」
真中「あー分かった分かった。だったらな、別の人間に乗り移って同じ話をしてくれ。今すぐだ。そしたら信じてやる」
紗夢B「無理だ」
真中「何だと?」
紗夢B「臓器とかも適合するかどうかがあんだろ。適合しない肉体に宿ると相手の体が持たない。この紗夢の体が適合したのは奇跡みたいなもんだ。普通、一つの星で適合する生命はひとつあるかないかだ」
真中「じゃあお前は、地球にきてから紗夢に会うまで、ずっと同じ相手に宿ってたのか?」
紗夢B「ああ。この星の時間で1年くらいか」
真中「その、別れを言いたい前の宿主はどこの誰だ?」
紗夢B「言えないな」
真中「何だと」
紗夢B「個人情報って厳しんだろ、この星で。お前が依頼を引き受けてくれない以上は明かせない」
真中「のらりくらりと」
紗夢B「もういいか?他人の体を使って話すのも結構消耗するんだ」
真中「あと1つだ。地球を救ったって言ってたな。でも、何のニュースにもなってないぞ。いつどこで怪獣倒したんだ?」
紗夢B「お前、何様のつもりだ?」
真中「あっ?」
紗夢B「仮に怪獣が本当に出たとして、なんで俺が倒すんだよ」
真中「だってお前、地球を救いに来たんだろ?」
紗夢B「やれやれ。俺は生きとし生けるもの全てを救いに来たって言っただろ。だから人類も、いたとして怪獣も同じ救う対象だ。例え怪獣が人類に害を及ぼしても、人類の味方だけするわけがない」
真中「そうなのか……」
紗夢B「あっ⁉」
床にゴキブリがいる。
紗夢B、素早い動きでゴキブリを捕まえる。
真中「それ、どうするんだ?」
紗夢B「ここにいたら退治される。だから外に逃がすさ。高度な文明をもった俺たちからすれば、怪獣も人類もゴキブリも、まったく差はない」
紗夢B、ゴキブリをポケットにしまう。
真中「凝った設定だな……」
再びカクンと脱力する紗夢B。
真中「⁉」
メイドの紗夢が戻って来る。
紗夢「あれ?あたし……どうしてたんだろう?」
ポケットがガサガサしてるのに気づく紗夢。
紗夢「何?」
紗夢、ポケットに手を入れると、ゴキブリが飛び出す。
紗夢「きゃあああああああ」
ゴキブリを直視して倒れる紗夢。
紗夢「ふうん……」
真中「おい!」
完全に失神している紗夢。
真中「……マジか」
〇道(夜)
曇り空で星は見えない。
空を見上げながら歩く真中。
真中「次に宵の明星が輝くときか……」
〇真中の事務所内
真中と光子が対面している。
真中「ひょっとして、昨日俺を殴ったこと謝りに?」
光子「まさか」
光子、封筒を真中に渡す。
真中「これは?」
光子「依頼です。私からのサヨナラもあの人に伝えてほしいの。この手紙を渡して頂ければ良いんです」
真中「手紙で良いなら、郵便で」
光子「いえ。残念ながら、あの人は私から逃げるために引っ越しました。いまどこにいるのか、連絡もつきません」
真中「そうですか……そういうことなら、昨日のこと報告するついでに渡しましょう」
ニヤリと笑う光子。
〇公園
真中と江藤澄夫(40)が対面している。
それを物陰から見ている紗夢B。
真中「あんた、酷いだろ。俺を身代わりにするなんて」
江藤「まあまあ。そういうのも仕事でしょ」
真中「散々金をだまし取ったんだろう、彼女から」
江藤「人聞き悪い。勝手にあいつが貢いでくれたんですよ。それに……あんまり依頼者のプライバシーに立ち入るのは感心しませんね」
真中「そうかよ」
真中、光子から預かった封筒を江藤に渡す。
江藤「何です?」
真中「見て見ろ」
封を開けて中の手紙を取り出す江藤。
そこには真っ赤な字で大きく『恨』と書いてある。
江藤、手紙を投げ捨て、
江藤「うわあ、気味悪い……あっ⁉」
江藤、真中の背後を見て恐怖の表情を浮かべる。
真中「!」
殺気を感じ振り向く真中。
グローブを装着した光子が怒りの表情で歩いてくる。
光子「ありがとう。私をこの人のところまで案内してくれて」
江藤、震えながら真中の陰に隠れて、
江藤「な、なんてことを!」
光子「やっぱ直接この人を半殺しにしないと気が済まない」
江藤「ひい!」
江藤をガードするように立ちはだかる真中。
光子「ちょっと!邪魔しないで」
真中「悪いな。あんたのたくらみは分かってた。俺を利用してこいつのところに案内するっていうな」
江藤「分かってたなら何で⁉」
真中「俺の仕事は終わってないからだ」
光子「はあ?」
真中「お互い、後腐れなく別れさせるまでが俺の仕事だ」
固唾を飲んで見ている紗夢B。
光子「だったら殴らせて」
真中「ああいいぜ。その代わり、俺を殴れ。気が済むまで」
江藤「な……」
真中、江藤に、
真中「あんたは見て感じろ。騙した相手の怒りを」
光子「えーい!もう面倒!誰でもいいから殴る!」
光子のパンチが真中に炸裂する。
〇夕焼け空
〇公園(夕)
顔中痣だらけの真中が水飲み場で水を飲んでいる。
真中、一息ついて去ろうとするが、足元がふらつく。
素早く現れて、真中を支える紗夢B。
〇道(夕)
真中を支えながら歩く紗夢B。
紗夢B「理解出来ない」
真中「悪いが、俺みたいな馬鹿は中々いないぞ」
紗夢B「なあんだ。馬鹿の自覚はあるのか」
真中「それ褒めてるつもりか?」
紗夢B「何?褒められたいの?」
真中「……かもな」
紗夢B「……ちょっと」
真中「ん?」
紗夢B「ちょっと……恰好良かった」
頬を赤らめる紗夢B。
真中「お前さ、前から気になってたんだけど」
紗夢B「何?」
真中「お前は、男なのか女なのか?」
紗夢B「そういう、面倒くさい概念は俺らには無い」
真中「……じゃあ、どうやって子供作るんだ?」
紗夢B「説明しても、理解出来ないよ」
真中「そこまで設定してなかったのか?」
紗夢B「何だよ。俺の話信じたんじゃ無かったのかよ」
真中「……分かんねー」
〇真中の事務所内(夜)
ソファに倒れこむように座る真中。
そこに紗夢Bが近づき、額同士をくっつけて、両手で真中の頬を触る。
それを見ているにょにょ。
真中の顔の傷が消えていく。
紗夢B、真中から離れて、
紗夢B「じゃあ、脱いで」
真中「エッ⁉」
紗夢B「いいから」
紗夢B、真中を立たせて、上着を脱がし、上半身裸にする。
真中の上半身も痣だらけである。
紗夢B、意を決したように真中を抱きしめる。
真中「お、おい」
紗夢B「じっとしてて。こうしないと、お前の傷は治せない」
窓から月明かりが差し込む中、真中を抱きしめ続ける紗夢B。
にょにょがじっと見ている。
真中の傷が消えていく。
真中「おい」
真中をハグし続ける紗夢B。
真中「お、おい。もう大丈夫だぞ」
紗夢B「……」
真中「いつまで」
紗夢B「……」
真中、強引に紗夢Bを引きはがす。
紗夢B、ハッと我に返り、
紗夢B「ご、ごめん……」
見つめあう真中と紗夢B。
紗夢B、視線をそらして窓際に移動する。
真中「帰るのか?」
紗夢B「ああ。宵の明星が綺麗だ」
窓の外、夜空に輝く宵の明星。
真中「引き受ける」
紗夢B「エッ⁉」
真中「お前の依頼だよ」
真中、にょにょに向かって、
真中「にょにょ。帰るってさ、あいつ」
「にゃあ」と鳴くにょにょ。
真中「お前が宿ってたの、にょにょだろ」
紗夢B「分かってたのか?」
真中「お前からすれば人類も猫も一緒なんだろ?全く、にょにょの影響で猫舌になったのか?そして、言葉遣いは俺から学んだ」
紗夢B「上出来だ」
真中「そして、今までもずっと、にょにょの体で俺を癒してくれてた。お前に触れられてたとき、にょにょに舐められるのと同じ感じがしたんだ」
頬を赤らめる紗夢B。
真中「ありがとな」
にょにょ、紗夢Bに近づく。
紗夢B「ど、どうすれば良い?」
真中「普通に話しかければ良い。伝わるもんだぜ」
紗夢B「ごめんな。勝手に体借りてて」
「にゃあ」と鳴くにょにょ。
紗夢B、窓の外の星空を見つめて、
紗夢B「すまない。俺はひとつだけ嘘をついた」
真中「ん?」
紗夢B「この星は何も救われてない」
真中「だろうな」
紗夢B「なのに俺は禁忌を犯した。おかしな感情が芽生えた。だから帰らなきゃならない」
真中「そうか」
紗夢B「勘違いするな。その猫の気持ちが移っただけだ」
真中「……」
紗夢B「最後に、この子、紗夢を頼む」
まばゆい光が部屋全体を覆う。
まぶしさに目がくらむ真中とにょにょ。
光が消え茫然と立っている紗夢。
紗夢「エッ⁉ここは?あたし……」
紗夢に近づくにょにょ。
紗夢「可愛い!」
にょにょを抱きかかえる紗夢。
窓の外、空に昇っていく星のような光を見つめる真中。
(fin)
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