ストーリープレイング「天使は花明かりの下で」ナナコ視点SS(未プレイの方は閲覧しないでください)

 こんにちは、オオツカです。
これは、とんとんさん作のストーリープレイング「天使は花明かりの下で」のナナコ視点SS、二次創作になります。以下、重篤ネタバレが含まれますので、未プレイの方は決してこの先に進まないように、お願いいたします。

 ネタバレを万一にも踏まないように、実際たくさん改行します。プレイ済みの方に読んでいただけたら、オオツカがさかんに喜びます。
 あー、ただ、本編とはだいぶ、かなり、様相が異なっているかもしれない……かもしれないというか、異なっています。とても。
 それでも、これを書きたい、書かなければならないというオオツカなりの切実な理由がありました。
 その理由が、読んでくれた方にもし伝わったのなら、共有してもらえたなら、とても嬉しく思います。















もうすぐ始まります。















 ナナコは弓に矢を番え、射た。

 矢はプロテクターに弾かれた。すぐさま2歩左にステップ。軽く腰を落とし、弓矢を構える。10メートルほど先には銃口をこちらに向ける大人たち、「処分班」とエマージェンシーが言っていたか。通路を塞ぐように並んでいる。5人。奴らの奥にはさっき脱出してきたエデンに続く通路。その幅およそ5メートル。

 ナナコの右手、壁には5枚の扉。そのうちの1つは「Labo Child」に繋がっている。中にヤミがいる。ガチャガチャと漏れ聞こえてくる音から、焦燥を感じた。必死にパラシュートを起動させようとしているのだろう。ナナコの今の、あるいは最後の役目は、彼女が脱出するまで処分班を足止めすることだ。

 処分班の奴らを睨み付けながら、ナナコはほんの5分ほど前にエデン(この皮肉めいて歪んだネーミングに、ナナコは改めて怒りを覚えた)で話したことを思い出していた。「あたし、最後にやりたいことがあってさ。できるだけいっぱい矢を撃ちたいんだよね」ヤミがくすくす笑った。冗談と思ったのだろう。

 ナナコは本気だった。「思い知らせてやるんだ。あたしたちが何もできない子どもだと思ってる大人たちに、お前らの思い通りになんてならないって。このクソみたいな仕組みを否定して、最後まで抵抗するんだ。1本でも多く、奴らに矢を突き立ててやる」ヤミは真摯な表情となって、こくりと小さく頷いた。



【ラスト・エンジェル・スタンディング】



 ヤミをパラシュートで脱出させる。イチとニーナ、ナナコがヤミの護衛に付く。ロックはエデンに残り、シロの首を切り落としてこの施設を吹き飛ばす。天使見習いたちはそのように役割を分けることにした。エデンから Labo Child までの距離はそう長くなかったが、既にイチとニーナはここにいなかった。

 身を挺してヤミとナナコを庇ってくれたからだ。イチとニーナが稼いだ時間を使って、ヤミとナナコはここまで辿り着いた。2人を置いていけるはずがなかった。でも、あたしたちはヤミが生き残る僅かな可能性に賭けるって決めたんだ。だから、走った。2人の最後の笑顔をナナコは脳裏から振り払う。

 ナナコは弓に矢を番え、射た。外れだ。右に跳び退くと見せかけ、左後ろに1歩退く。フェイントに惑わされた銃弾があらぬ方に飛び去っていった。移動の勢いを腰から両腕に伝えて、ナナコは再び弓に矢を番え、射た。弾かれる。やはりプロテクターの隙間を抜かなければ有効打にはならないか。舌打ちする。

 だが、存外焦りはなかった。ナナコは、こうした戦い方に慣れていた。ナニカ……いや、天使見習いだったあの子たちと戦う時、戦わされる時、いつもロックと前衛を張っていたからだ。前衛の役目は、あの子たちの注意を引き付け、牽制し、後衛が狙い射つ時間を稼ぐことだった。

 今も要は同じ。動き続ける。射続ける。十分な胴造りもロクな引分けもない、射とも呼べない単なる手打ち。正射必中? 知ったことか。でも、それでいい。あの扉の向こうでヤミが頑張ってる。彼女を逃がす、それがあたしの役割だ。ナナコは弓に矢を番え、射た。ヤミのためにこいつらを釘付けにする!

 ナナコは弓に矢を番え、射た。弾かれる。動かずもう一度射る。弾かれる。返しの銃弾は外れる。奇妙だ、と感じた。奴ら、こちらに近付いてこようとしない。銃撃も散発的で、統制が取れていないように思えた。多少の被弾を厭わず接近し、押し込めればいいものを、とナナコはどこか他人事めいて思う。

 だんだん分かってきた。処分班の奴ら、単純に練度がさほど高くないのだ。常に戦いに身を晒しているわけでもなし、兵士として精強とはいかないのだろう。あるいは、「処分」には慣れていても戦いとなれば別ということか。ふざけた話だ、とナナコは思った。奴ら5人の眼には実際どこか戸惑いがあった。

 いや、戸惑いだけではなかった。奴らの眼に浮かんでいるのは戸惑いと、それから恐れだった。そうか、あいつら怖いんだ。死ぬのが怖いどころか、傷を負うことすら怖くて、だから前に出られないんだ。それに気付いたとき、ナナコは全身から血の気が引くほどの、目が眩むほどの、激しい怒りに襲われた。

 あたしたちの命を弄んで。子どもを怪物に仕立て上げて、戦場に送り込もうとして。あたしたちに殺し合いをさせて。あたしたちがいつ死ぬかで賭けをして。ニヤニヤ笑いながら覗き見して。それでいて、自分たちは傷ひとつも負いたくないというのか。臆病者の、卑怯者の、大人たち。

 ゼロ。イチ。ニーナ。シロ。ゴロク。ロック。ヤミ。◆◆◆。大好きで愛おしい、仲間たちと妹。こんな目に遭わなければいけない理由なんて、誰ひとり何ひとつなかったのに。この不条理を、この理不尽をあたしたちに押し付けてきた奴らは、こんなにも醜かったのか。許せない。よくも。よくも……!

 心の炉に怒りの薪をくべる。心のふいごで憎悪の風を送る。生まれた炎は碧、あたしの髪の色。五体に巡らせ、以て力と為す。ナナコは強くイメージした。あたしはここで殺されるけど、決してタダでは死ぬものか。ヤミを逃がした後は、力尽きるまでお前らを射抜いてやる。これは正当な怒りだ。思い知れ!

 全身を脱力させ、準備運動めいてその場で一度軽く跳ぶ。着地の瞬間一気に加速、右前に2歩。ナナコは弓に矢を番え、射た。ステップを踏む、踊るように。ナナコは弓に矢を番え、射た。矢尻とプロテクターが衝突する乾いた音。過ぎ去る火薬の臭い。ナナコは弓に矢を番え、射た。左、右。乾いた音。

 奴らが近付いてこないなら、それはそれで好都合だ。ナナコは弓に矢を番え、射た。幅5メートルを最大限に活かせ。動き続けろ。ナナコは弓に矢を番え、射た。マズルフラッシュ。どちらも外れ。左端のあいつ、銃口がふらついてる。あれで当たるワケがない、放っておく。それより真ん中の奴がヤバい。

 ナナコは弓に矢を番え、射た。すぐさま身体を投げ出して左に跳び、床で一回転。勢いのまま膝立ち。ナナコは弓に矢を番え、射た。反動を利用して立ち上がり、1歩退く。あの子たち相手にもたまにやった手だ。無駄に思える動きでも、織り交ぜれば意味が出る。銃弾。左肩口に鋭い熱。真ん中の奴!

 奴ら、徐々にあたしの動きに慣れてきてる。誘導とフェイントが効きにくくなっている。それに何より、これは強い射を放てる仲間が後衛に控えてこその戦い方だ。それでも時間を稼ぐ! ナナコは弓に矢を番え、射た。後ろに1歩、右に2歩。銃声が右の脇腹を掠める。痛みと焦りがじわりと滲む。

 その時、扉の奥から声が聞こえた。「ナナコさん、準備できました! 行ってきます!」「あはは。ここで『行ってきます』はいいセンスだよ。うん、行っといで、ヤミ!」「ナナコさん……はい!」脱出ユニットの射出音が通路に響く。処分班の奴らに動揺が走った。これでミッション成功、さすがあたし。

 さあ、あとはもうオマケの時間。でも、決して粗末にはできないオマケの時間だ。ナナコには、どうしても奴らに、奴らの背後にいる奴らに、矢を射る手をひととき止めてでも言いたいことがあった。どうせカメラで覗き見してるんでしょ? 正対し、睨み付け、ナナコはあらん限りの大声で叫んだ。



「あたしは! あたしたちは! 怒ってるんだ!」


 怒りを叩き付けた途端、言葉とは裏腹に涙が溢れ出た。怒りよりも速くナナコの心から噴き出してきたのは、悔しさだった。悔しい。なぜ、こんな目に遭わなければいけないのか。どうしてここで死ななければいけないのか。ただ、悔しかった。一度堰を切った涙は、もう止まらなかった。ナナコは泣いた。

 ヤミを逃がすことができたからか、張り詰めていた緊張の糸が切れそうになっていた。このまま崩れ落ちて、眠ってしまいたかった。眠って、目覚めて、これがただの悪夢だったならどれほど良かったことか。だが、逃げ場のないここが、シットホールのような現実だった。みんながいたエデンは遠い夢の中。

 遠くエデンの更に遥か彼方、一軒の小さな髪結い屋があった。ナナコの生まれ育った家。朝ごはんとコーヒーの匂い。おかあさん。シェービングクリームとポマードの匂い。おとうさん。読み聞かせた絵本の、インクの匂い。◆◆◆。会いたい。帰りたい。辛いよ。こんなのもういやだよ。

 膝が、心が、折れそうになっていた。もう休んでもいいんじゃないかって思った。でも、それでも。

 ……あたしはヤミに言った。思い知らせてやるって。このクソみたいな仕組みを否定して、最後まで抵抗するって。さっき自分で思った。粗末にはできないオマケだって。確かにあたしはここで死ぬ、でも死ぬまでは生きる。この抵抗を、最後の時間を、あたしが生きた証しにする。抗う。負けない。見てろ!

 ナナコは自分を強いて、悔しさを純粋な怒りに鍛え直した。右袖で涙を拭おうとしていつの間にか袖が血に染まっていることに気付き、左で拭った。ヘアバンドを直す。五体を巡る炎をイメージする。碧の炎、おかあさんとおとうさんから貰った瞳の色。軽く腰を落とし、再び弓と矢を構えた。やってやる。

 ナナコは弓に矢を番え、射た。弾かれる。左右両端から同時に狙う構えを見て左前右、細かく動いてタイミングを外す。銃撃の間隔が短い、撃ち手を1人でも減らしたい。ナナコは弓に矢を番え、射た。弾かれる。ナナコは弓に矢を番え、射た。左から2番目の右腕に中り。よし! 衝撃で銃が後方に吹き飛ぶ。

 丸腰になった奴に一矢、二矢と続けざま牽制を放つ。そっから動くな! 更に射掛ける構えを見せながら、視線を向けずに反対側の奴をいきなり射る。脇腹、プロテクターの継ぎ目、6ゾロ! そいつは身体をくの字に折って呻いた。左端からの銃弾は Labo X の扉を叩いただけ。やっぱりこいつは下手くそだ。

 そう思った瞬間、真ん中の奴から左肩に一撃。灼けるような痛み。それがどうした。ナナコは弓に矢を番え、射た。ラッキーヒットはそう続かない。火の楔が右腿を抉る。灼けるような痛み。それがどうした。弓に矢を番えて射たと同時に、ナナコの右耳が弾け飛んだ。灼けるような痛み。それがどうした!

 ナナコは矢を射続けたが、さすがに足が鈍ってきていた。ドクン。全身に傷、ヒリつく痛みと痺れ、右耳はもう聞こえなかった。さっき銃を取り落とした奴はいつの間にか拾い直し、銃撃の間隔は更に狭まり、奴らも仕上げに掛かってきたか。ドクン。だが、碧の炎はナナコの中で未だ燃えていた。ドクン。

 怒りを更にくべる。憎悪を更に送る。碧の炎を五体に巡らす。ドクン。これはきっと命の炎、だったら燃やし切るのも殺されるのも同じこと。燃やす、もっと。シロを殺してしまったことを知った時のロックを思えば、こんなもの痛みのうちに入らない。ドクン。怒り。怒りだ。まだ終われない!

 ナナコは弓に矢を番え、射る。ナナコは弓に矢を番え、射る。ナナコは弓に矢を番え、射る。ドクン。ロックはまだか。ナナコは弓に矢を番え、射る。ナナコは弓に矢を番え、射る。ドクン。気付けば白いワンピースは血まみれ。今更構うか、更に加速! 瞳が碧に燃える。ナナコは弓に矢を番え、射る。

 弓に矢を番え、射る。弓に矢を番え、射る。ドクン。矢を番え、射る。矢を番え、射る。ドクン。番え、射る。番え、射る。ドクン。射る。射る。射る。射る。射る。射る。射る。ドクン。射る。射る。射る。射る。射る。弓に矢を番えようとしたナナコの右手が空を切った。アウトオブアモー。ドクン。

 一際大きい心臓の鼓動と同時に、ナナコの肌がごぼりと波打った。身体の芯を、傷によるものとは全く異質な熱が貫く。全身の骨と筋肉が軋み、疼く。肌はぶくぶくとドス黒い泡を立てる。己と世界を隔てる境界が不確かになり、ナナコはどこからどこまでが自分なのか一瞬分からなくなった。これは……!

【X化の条件①Xの血液を既定値以上の量浴びる(蓄積)】まあ結構浴びてきてるよね。 【X化の条件②高ストレス下での生活を送る】これ以上にストレスフルな状況、ある? 【X化の条件③満18歳以下である】あたしは17歳と3ヶ月だ。……つまり、ナウイズザタイムってこと? マジか。このタイミングで。

 まず両腕と両脚が、次いで頭部が変異した。(本物の)神の摂理に反する、冒涜的なナニカに。感覚が拡張したのか、自分がどのように変貌しつつあるかがはっきりと見えた。それはひどく歪んだ形をしていたが、全体としてはどこか狼に似ていた。ナナコは子どもの頃に本で読んだ怪物、人狼を思い出した。

 遅かれ早かれ、こうなるのはもう分かってた。だからこれでいい。むしろ、矢が尽きたこのタイミングで怪物になれるならラッキーですらある。10本の指に、禍々しい鉤爪がいつの間にか生えていた。あたしは人狼、奴らをこいつで引き裂く! ナナコは両脚に力を込め、自分の鉤爪を見た。パン。乾いた音。

「あ、ぐ………が………」ナナコは血ヘドを吐いた。変異が終わりきっていない生身の腹を、銃弾が撃ち抜いていた。左端の奴、あいつ……1番下手だと思ってた、あいつだ。鉤爪に目をやった瞬間にやられたのか。ロクに狙えてもいないだろう、まぐれ当たり。それでも、当たりは当たりだ。それも致命的な。

 腹に空いた穴から、命が急速に流れ出していく。足が完全に止まる。勝機と見たか、奴らが一斉に撃ってくる。もう抗えなかった。立て続けに浴びせられた銃弾の衝撃が、ナナコの身体を右に、左に、何度も激しく揺さぶった。血飛沫を撒き散らしながら、不格好で残酷なダンスをナナコは踊らされた。

 もはや痛みは感じなかった。痛みは生の可能性、それが消えたのは身体が死を受け容れた証拠だ。身体が痛みの信号を脳に送るのを止める、それは人を創った何者かの慈悲なのだろう。これ以上苦しまなくてもいいように、せめて安らかに死ねるようにと。ナナコの視界が滲み、意識はゆっくり遠のいていく。

 今度こそ、倒れそうだった。でも、あたしはイヤだった。あいつらに倒れたところを見せたくなかった、最後まで立っていたかった。なんとか右手を伸ばして、手が触れたところによろよろと身体を預ける。Labo Child の扉。あたしがここからヤミを逃がしたんだって思うと、ちょっとだけ気分がよかった。

 奴ら、そろりそろりと近付いてくる。こっちはもう指一本も動かせないってのにさ、つくづく臆病な大人ども。あとほんの数十秒後、あたしの頭はあの銃で吹っ飛ばされるんだろうな。ここまでだ、でもやってやった。矢がなくなるまで射続けたんだ。あたしはよく頑張ったよ、自分を褒めてやらなくちゃ……。

 処分班の5人がナナコを取り囲み、彼女の頭を撃とうとしたその時。彼らの奥、エデン側の通路から白い光がちらりと漏れた。次の瞬間、その光は途轍もない轟音を伴って爆発的に膨張し、暴力の極北めいた爆風と化して、一瞬のうちにナナコの眼前で銃を構えていた処分班を呑み込んだ。

 ロック。それにシロ。やってくれたんだね。

 ありがとう。あんたたちのおかげで、無様に殺されずに済んだ。それに、これでもう不幸な子どもたちが作り出されなくなるよ、きっと。ありがとうね。それにしても、やっぱりシロだから光も白いのかな? とナナコは妙に間の抜けたことを考えた。今際の際って、存外こんなものなのかもしれないね。

 ナナコが灰になるまでに与えられたほんの刹那、本当に本当に僅かな猶予、思い浮かべたのはやはりみんなのことだった。ゼロ。イチ。ニーナ。シロ。ゴロク。ロック。ヤミ。◆◆◆。ぜんぶぜんぶ大切な思い出。あたし、みんなのことがほんとに大好きなんだ。だから、最後は笑顔でいたいな。

 あたしの名前、碧の炎、そして◆◆◆。
「さよなら」



少し過去のあたし、つまりあなたへ

こんなに早くお手紙を書くことになるなんて、思わなかったな。
あなたは、未来の自分、つまりあたしがきっと立派な天使になってるはずって書いてくれてたね。
そして、ナナミと一緒に天使のお仕事を頑張ってるって。
ごめんね。
あたしは、立派な天使にはなれなかった。
ナナミにも会えなかった。
どうしてそうなったのかは、ここでは上手く言えない。
でも、これだけは信じてほしいんだ。
あの日、あたしは自分がなすべきことをした。
正しいと感じる思いを胸に、自らの心のままに、戦った。
あたしは、最後まで立っていることができたんだ。
だから、それで勘弁してくれないかな。

あなたにも、いつかその日が来る。
でも、きっとあなたは自分のなすべきことをやり通せる。
だって、あなたは過去のあたしなんだから。

あなたが幸せに過ごせる時間が少しでも長く続きますように。
心から願ってる。


少し未来のあなた、つまりあたしより




【ラスト・エンジェル・スタンディング】終


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