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音楽の先生ふたり

今年の4月にinstagramに投稿した記事に加筆したものです。

2024年4月梅田のムジカジャポニカにて

90年代後半から2000年代にかけて、このおふたり(左のアベ・ジュリー氏、右のハッチ・ハッチェル氏)のバンド、デキシード・ザ・エモンズのライブにたくさん行きました。

まず最初にこの人たちの音にがつーん!ときたのは、弟でしたが、普段とても冷静な彼が、彼らの音を視聴したミナミの、アメ村にあったタワレコから私に電話をしてきて「とにかく聴いて!やばいから、本当にやばいから!」と言うので彼らの音を聴いてみたら、私もとても気に入ってしまって。それからというもの、弟と2人、このおふたりのバンドのライブに本当にたくさん行きました。ひとつのライブも見逃したくなかったのです。

2006年に、デキシーは解散してしまって、そのあとふたりは、それぞれの活動をしていましたが、解散から10年と少し経ったころに、一度だけデキシーとしてライブをする!ということになり、で、やってみたらやっぱりしっくりきたというか、素晴らしいライブになって、解散中にも関わらず、年に数回ライブをする状況になっていたのですが・・・

ついに、去年の秋に解散してることをやめたのです、彼らは(再結成ではなくて、解散してるのをやめた、死んでも再結成したとは言わないそうです、ダサいから)。そして、今年、ニューアルバムが出ます(8月7日に出ました!とても気に入っています。びっくりしたけれどとても嬉しいです。

この日(4月27日)の、梅田のムジカジャポニカでのライブは、ライブの日の10日前に突然やることがきまったライブでしたが、行けない日ではなくて。ここ最近、かなり私は忙しくしていますが、本当にたまたま行ける日だったのです。

左側の、アベジュリー氏がムジカジャポニカの伊藤せい子さんに「急だけどさー、この日、ライブしたいんだけど」と連絡したら「えーでー」と。そして、九州からのツアー帰りの、右側のハッチさんが福岡でのライブと、高円寺でのライブの間の日ということで、九州からの帰りがけに大阪で途中下車して一緒にライブをすることになったという。

2人はメジャーを出て、自分たちのレーベルを立ち上げた2000年前後から解散まで、本当にたくさんライブをしていて。私と弟もたくさんライブにいきました。解散直前とか、2人は疲弊していたのだと思います。でもその後、2人はそれぞれの活動をいい感じでして、そして解散することをやめたのです。

この日、楽しくて仕方ないって、ハッチが話していて、出会ったころの昔の2人に戻ったって話していたけれど、おふたりが並んで、話したり笑いあったりしてる姿や、ハッチがジュリーのことを話す言葉の端々に、本当にそうなんだろうなという感じがしてじーんとしてしまいました。

お二人の音と出会い、お二人の素晴らしきDJと出会い、私と弟はさらに音楽が好きになったのです。私たちの音楽の先生、という感じでした。10代から20代にかけて、もともと音楽は好きだったけれど、さらに聴く音楽の幅がひろがったのは、お二人のおかげです。

ハッチの投稿にもあったけど、ジュリーは声がなかなか出にくくなっていて。本当に素晴らしいボーカリストで、小さな身体から、まるでスティーブ・マリオットのようにソウルフルな歌声を聴かせてくれていたのですが、声帯をいため、手術もしたりして。だけど、確かにムジカでのジュリーはすごく高い声もでていて、そしてそのことがハッチも嬉しかったみたいで、MCでも話していました。

2人はバンドを一緒にしている2人の前に、本当に、同じことを面白いと思ったり、バカがつくほどの音楽好きだったり、考えられないほど気が合う友達なのは明白で。そんな2人に、まるで2人がであったころのような関係に戻ったんだと、ハッチも話していました。すごくうらやましい関係性だなって。

それにしても、クダラナ最高!!ニューアルバムも良き!


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