逆から語る昔話 桃太郎編
むかしむかし、あるところに鬼ヶ島という島がありました。
赤鬼と青鬼の兄弟が住んでいました。
兄の赤鬼は金棒を磨いていました。
弟の青鬼が言いました。
「赤にい、どうしたの? 金棒なんて磨いちゃって」
「アオ! お前こんな大事な日を忘れるやつがあるか!」
赤鬼は顔を真っ赤にさせて言いました。もっとも、もともと真っ赤なので青鬼には赤鬼の憤怒の感情は伝わりませんでした。
「うーん。今日? 何の日だ?」
「まったく、怒りを通り越して呆れるよ……。親父の命日だろ」
「あっそうだ! だから父さんの金棒を磨いているんだね」
「そうだ。今頃気付いたのか?」
「えへへ」
青鬼は小さな角をかきながら言いました。
「えへへじゃねえだろ。鬼の中の鬼と言われた偉大な親父の命日を忘れるなんて」
「ごめん。そっか。あの日か。父さんが霍乱で死んだ……あ、だからあんなにごちそうやお酒があるんだ!」
「地獄にいる親父のための宴だ」
「きっと父さんのことだから、地獄でも暴れまくってるね」
「当たり前だ。閻魔大王をこき使ってるに違いない」
「そりゃ、すごいや」
「親父のおかげで、鬼族はこうやって生き延びているんだ。親父がいれば、こんなとこで大人しくしてねえだがな」
「そんなに人間てやつは強いの?」
「強かねえ。ただ卑怯な奴らなんだ。俺たちを島流しにしやがって」
「でもここにいる限り大丈夫でしょ? もう百年はここで大人しくしてるし」
「わかんねえ。油断するなって親父がいつも言ってた。あいつらはいつか俺らを滅ぼしに来るに違いないって」
「えええ~。島流しだけじゃ満足しないのか……」
「そうだ。そんな奴らだ。だから親父は死ぬ直前、俺に金棒を預けた。いつか人間がやってくるに違いない、その時はこれで退治しろって」
「父さんの金棒があれば百鬼力だからね」
「これなら人間なんてイチコロさ。だから親父の命日にはこうやって必ず磨いているんだ」
赤鬼は誇らしげに金棒を振り回すと、一陣の風がびゅーんと吹きました。
赤鬼と青鬼はごちそうを大いに食べ、酒を大いに呑みました。
「やっぱ、牛と虎の肉は最高だね」
「ああ、そうさ。ぐふぇっ」
赤鬼はげっぷをすると、さらに酒を口に注ぎ込みました。
「さすがだな。赤にいにとって酒は水みたいなもんだね」
「ああ、そうさ。ぐふぇっ」
赤鬼は相当な量の酒を呑んでいて酔っぱらっていました。常日頃赤ら顔ですが、充血して目まで真っ赤なので青鬼はわかりました。
「もうやめたほうがいいんじゃない?」
「まだ酔っちゃいいねえ。お前も呑め」
「ぼくはもういいよ」
「ばっきゃろー。酒も呑めねえ鬼なんて鬼じゃ……」と言って赤鬼は青鬼のとっくりをつかみとり、酒を口に一気に流し込みました。
「ウイッ、アー。ぐふぇっ。下戸な鬼なんて聞いたことねえぞ」
「仕方ないじゃないか、体質的に受け付けないんだから」
青鬼はとっくりの半分ほどで真っ青になってしまっていました。言わずもがな、もともと青いので赤鬼にはわかりませんでした。
「何が、体質的に、だァ」
「ぼくだって赤にいみたいにお酒に強くなりたいけど……」
「俺なんかあ、たいしたことねえ。親父はもっとすごかったぞ。ぐふぇっ」
「でもそのせいで、暴れて、母さんは出て行っちゃったんでしょ?」
「ばっきゃろー」
赤鬼は青鬼のほおを思っきり殴りました。あまりの強さに青鬼は後ろにひっくり返り、三回転しました。
「赤にいィィ、強すぎだよ」
「その話はするんじゃねえ」
「でも、そのせいなんだろ? 母さんが出て行ってしまったのって」
「うるせえ、あいつは鬼の何たるかがわかっていなかったんだ。鬼のてっぺんまでのぼりつめた親父の偉大さをわからなかったんだ。どの鬼よりも酒に強くなきゃいけなかったんだ」
「赤にいはいいじゃないないか、たくさん母さんと遊んでもらって。ぼくなんて、生まれてすぐに母さんは出て行っていってしまったから、遊んでもらったこともなければ、ほとんど母さんがどんな鬼だったかも知らないんだ。母さんはどんな鬼だったのんだろう? 美鬼だったのかなあ。優しかったのかなあ……」
「うるせー、あいつの話をするなって言ってんだろ」
「だってぇ」
「その分俺が世話してやったじゃないか」
「感謝してる。赤にいがいなければ、ぼくなんて父さんに殺されてたよ。何かといえば僕を殴って……」
「そんな言い方するな。あれはお前を一鬼前の鬼にしようとしてだなあ……」
「違うよ、きっとぼくが青かったからだ。父さんも赤にいも赤鬼なのにぼくだけ青かったからだ」
「だまってろ。そんなんで泣く鬼がいるか」
「ねえ、母さんはどんな鬼だったの? 教えてくれよ。今日こそ教えてくれよ。ねえてば……」
青鬼は泣きながら訴えました。赤鬼の目にも涙が浮かんでいました。
「……。泣くんじゃねえ。わかったから、泣くんじゃねえ」と赤鬼は言って青鬼のとっくりを取りあげ、一気に呑み干しました。
「ウイッ、アー。ぐふぇっ。母さんはなあ……」
バサバサッバサバサッ
そこへキジが飛んできました。キジは威嚇するように鬼たちの周りを飛び回りました。
「うわあ、やめろ」
青鬼は慌てふためいて空いたとっくりを投げつけました。
赤鬼は酔っているためふらふらと立ち上がると、金棒を振り回しました。
風がびゅーん。キジは吹き飛ばされました。
「赤にい、何かいる」
青鬼の指差す先に、桃太郎と犬と猿がいました。
「とうとう来やがったな。しかも集団でやってくるなんて卑怯なやつらだ」
酔っ払っていた赤鬼には三重四重の大集団に見えていました。
「行け」桃太郎が叫びました。
犬が駆けてきました。犬の背には猿が乗っていました。鬼のたちの直前で猿は犬の背から青鬼に跳びかかりました。犬は赤鬼の尻に噛み付きました。
驚いた青鬼は転んでしまいました。赤鬼はふらふらしながらも犬を振り払いました。
そこへ桃太郎参上。
「来やがったな、人間め」
「おいらは桃から生まれた桃太郎だ。鬼を退治しにきた」
「うるせえ」
赤鬼は金棒を振り回しました。しかし桃太郎、びくともしません。今度は金棒を桃太郎に振り下ろしました。しかし桃太郎、片手で金棒を受け止めてしまいました。
「なにい、貴様何者だ」
「おいらは桃から生まれた桃太郎だ。鬼を退治しにきた」
「何言ってやがんだ」
「おいらは桃から生まれた桃太郎だ。鬼を退治しにきた」
「うるせえ。何度も同じこと言うな」
「赤にい、助けて」
赤鬼が青鬼のほうを向くと、青鬼が倒れていました。キジがつつき、犬が噛みつき、猿がひっかいていました。
「そんぐらい何とかしろ」
「うん、でも、地味に痛いんだ」
「くそっ。待ってろ」
赤鬼は金棒を何度も振り回しました。桃太郎は涼し気な顔でひょいっと後ろにジャンプしてよけました。間合いが出来た隙に赤鬼は青鬼を助けに行きました。
赤鬼は犬、キジ、猿をつかみ投げ飛ばしました。
「大丈夫か? アオ」
「赤にい、ありがとう。あ、後ろ!」
ザッ
「う……。貴様、背後からとは卑怯な……」
背中を大きく斜めに斬られました。赤鬼は倒れました。
「赤にいィィー」
「すまん。アオ。もうだめかもしれん……」
「何言ってんだよ」
青鬼は赤鬼に手を伸ばしました。赤鬼も手を伸ばしました。
「アオよく聞け。母さんは……優しくて、きれいな、オニきれいな青鬼だった……」
ズンッ
赤鬼の背に桃太郎の刀が突き刺さりました。赤鬼は目を閉じ、息を引き取りました。
「赤にいィィー、しっかりして。母さんも青かったんだね」
青鬼は赤鬼の手をつかんで叫びました。
桃太郎は深く突き刺さった刀を抜くと、高く振り上げました。
「赤にい、しっかりして。赤にい、しっ……」
ザンッ
青鬼の首がバサリ。頭がゴロンと転げ落ちました。
桃太郎は鬼の首を持ちあげ、南西にむかって鬼の首を獲ったような雄叫びをあげました。
「おいらは桃から生まれた桃太郎だ。鬼を退治した」
鬼は滅びました。めでたしめでたし。
─ おしまい ─
最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。
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