オオクワガタ採集記 その1

はじめに
1990年代よりブームが到来し、「黒いダイヤ」とも呼ばれ、愛好家も多い虫である。現在では人工飼育が確立され、広く流通しておりホームセンターでの購入も可能である。昨今の新型コロナウイルスの蔓延により、自宅時間が増えたために再び注目されている。サラブレッドのように血統化も進んでおり、野外品では想像がつかないような形態や大きさのある個体が作出されている。

一方で野生個体は数を減らし、2007年には絶滅危惧種Ⅱ類に引き上げられている。森林伐採、乱獲、放虫問題により野生の個体を採集することは困難を極める。SNSでは毎日のように採集の報告がされており、オオクワガタ採集が容易なように錯覚してしまう。中には初心者が採集した報告も見受けるが、現実は甘くなかった。

採集者の背景:
筆者は幼少期から生き物に興味を持ち、クワガタに限らず広く浅く生物の採集・飼育をしてきた。中学生の頃始めた外国産クワガタの飼育をきっかけに、中学時代に山梨県で樹液採集開始した。台場クヌギの存在感に感動し、新幹線に乗って採集に通うが黒いダイヤに出会うことは叶わなかった。高校生になり熊本県にて材割採集を行い、初の国産オオクワガタ採集を果たしている。ただ、その一回・一頭限りでその後の採集は成功してはいない。
その後、ブランクを経て2018年より飼育を再開し、国産オオクワガタの採集に挑戦している。

採集方法:
オオクワガタの採集方法には①樹液採集、②材割採集、③灯火採集の3つがあり、③灯火採集はライトトラップ、街灯採集に分けられる。それぞれ利点と欠点が存在する。
 個人的な印象としては・・・
①樹液採集が技術的には困難であると考える。夜の森で脚立を担いで足を忍ばせ、洞に潜むオオクワガタを掻き出す採集法は最も充実感があるが、素人には困難である。
②材割採集については、昨今環境破壊により業界ではあまり好意的な目では見られない。
③ライトトラップは発電機の購入等費用が掛かりハードルが高い。街灯採集は街灯のLED化・ライバル・採れる街灯の同定困難などが問題である。

また産地によってもオオクワガタの行動が異なり、東北では樹液採集は困難でライトトラップが一般的であり、関西以南では逆にライトトラップは困難で樹液採集が主体である。

灯火採集開始:
社会人になり念願だったライトトラップの機器を購入。2018年に90W程度の水銀灯から採集を開始した。

初めてのライトトラップ

仕事も忙しく、2018年と2019年1回ずつしか採集はできなかった。一般種が10頭程度採集できたが、星を見ながら煌々と光るライトを見ているだけで幸せを感じた。本格的なオオクワガタの採集には1000Wの高出力機材が一般的であり、機材の性能不足を感じていた。そんな時、TwitterでHIDライトを知り、2022年HIDライト2機を購入した。それをきっかけに有名産地の福島県に灯火採集に挑戦することを決意した。

真似ること:
仕事で某県(南東北)に住んでいたことがあるが、ポイントとは距離があったため行ったことはなかった。2022年6月25日片道300km近い距離を車で向かうこととした。雄大な山々に囲まれ、コンビニもなく、携帯電話も通じない秘境であった。それにも関わらず、頻回に県外ナンバーの車が通り、夜の道には懐中電灯を持った採集者にあふれていた。

灯火採集セットを車に積んではいたものの、初回の採集は採集者の観察を主にしようと決めていた。「真似ることで学ぼう」と必死だった。
高校生の時初めてオオクワガタを採集したのは他のベテラン採集者の割残しであった。オオクワガタは初心者が無闇に採集を試みても困難であり、一番の近道はベテラン採集者のやり方を盗むことである。
ただし、オオクワガタの灯火採集にはゴールデンタイム(19:30~22:00)があるため、自分がライトトラップをしながら他の採集者のチェックをするのは困難である。
往復600kmのジレンマを抱えつつ、初回の採集はライトトラップのポイントチェックに徹した。有名な採集家が「木ではなく、場所を探す」という言葉を残しており、ライトトラップが行われている空気感を生で感じて身につけたいと願った。
幸い、深い闇を照らし出すライトの存在の把握は容易だった。Youtubeのライトトラップの動画は全てチェックしていたが、実際のライトトラップを盗み見ることは大変勉強になった。

ライトトラップの位置を地図にブロットしつつ、街灯採集を行うこととした。ほぼ全ての街灯がLEDに置き換わっており虫の集まりは乏しかった。それでも4頭ほど(ミヤマ♂1,♀3,コクワ♂の死骸1)の普通種を拾うことができた。

全てリリース

遠い道のり:
それから5日後再度往復600kmの旅へ。日中、前回街灯採集できたポイントを探索し、死骸がないかを確認。街灯採集も樹液採集と同様、日中の下調べが有効である。普通種の死骸の中にオオクワガタのメスと思わしき頭部が確認できた。

オオクワガタ♀と思わしき頭部

前回目をつけたポイントは16時の段階で既に他採集者にセットされており、別のポイントを探した。HIDライトトラップを初稼働し、合計13頭(ミヤマ♂3,♀7,アカアシ♂1,コクワ♀2)の普通種を採集した。

ライトトラップ

22時過ぎにライトトラップを終了し、街灯採集へ移行した。水銀灯・蛍光灯を中心に7頭(コクワ♂1,♀2,ミヤマ♂1,♀1,ノコギリ♂1,♀1)の普通種を採集できた。

全てリリース

SNSではライトトラップで衣装ケース一杯のクワガタを採集している画像が溢れており、その中で一頭本命が混じっているかというレベルの話である。オオクワガタ採集までの道のりは遠いと感じた。

3日後、今度は北陸へ車で250km向かった。仕事終わりの20時からの出発であったが、翌週が台風でチャンスがないため、居ても経っても居られなかった。到着した時間も深夜であり、ライトトラップをしている採集者も見られなかった。街灯下で3頭の普通種(ノコギリ♂1,♀1,コクワ♀1,ミヤマ♂死骸2)を確認した。

左:ノコギリクワガタ♂、右:コクワガタ♀

午前4時から更に400km北上した(他の産地の天気予報が雨だったため、雨の予報のないC県へ)。

夜通し運転

昼過ぎに到着し、ポイントの探索を行った。

ブナの立ち枯れの圧倒的な存在感

はじめに学んだライトトラップが有効な環境に近い場所を探し、19時から点灯を開始した。しかし、3頭のみ(ミヤマ♂2,コクワ♂1)と惨敗。

左:採集地点、中間:ライトトラップ、右ミヤマ

ライトの調子も悪く、点灯から3時間経たずして引き上げることとなった。その帰路、自分が行っていたすぐ近くで複数のライトトラッパーを確認。初回採集で遠回りして掴んだ「場所を探す」feelingが初回のポイントでも通用したことが収穫であった。

そこで見た採集者も水銀灯1000Wが多く、灯火採集一本に絞るのであれば火力が弱いのではないかと不安に思うようになった。

ピンチ:
3日後。オオクワガタ灯火採集を志して3年、日本縦断2回程度の距離を経て臨んだ2022年7月6日某南東北。台風4号は温帯低気圧に変化し、天気予報でも曇りに転じた。一時間毎の天気予報をこまめにチェックしていた。現地では曇りの予報に反して、激しく雨も降っていた。

雨が降っている状態

山間部の天候の移り変わりは激しく、30分後に到着した目的地は晴れていて、24度であった。月齢は上弦で、風は1mと条件は悪くなかった。

やはりポイントには常連の採集者が準備をしていて、自分は前回のポイントでライトを点灯した。HIDライトは接続が悪く、1台しか稼働せず。クワガタを導く蛾といわれているオオミズアオの飛来が多いが、クワガタは飛来せず。

結局、ゴールデンタイムの20時45分までに2匹(ミヤマ♂1,コクワ♂1)のみであり、コクワリーチからクワガタの飛来が止まってしまった。その間、街灯採集に出張するが、いつものポイントでもクワガタは飛来していなかった。   残されたHIDライトの接続も悪く、21時には2機とも使用不能の状態になってしまった。仕方なく、ライトトラップを断念し、街灯採集へ切り替える方針とした。ベテランのライトトラッパーの光源も22時には消灯していたのでこの日はクワガタの飛来自体が少なかったのかも知れない。街灯採集者も数名しか見かけなかった。

 まだ3回しか使用していないにも関わらず、使用できなくなったライトに落胆した気分で帰宅してもよかったのでしょうが・・・諦めが悪く・・・。

街灯採集について:
街灯採集は水銀灯(工事現場など)、蛍光灯(自動販売機)ナトリウム灯(オレンジ色)、LEDなどがあり、この順に紫外線発生量が多い。

左から順に水銀灯、蛍光灯、ナトリウム灯、LED

外線の発生が少ないLEDではクワガタが認識できず、飛んでくることは少ない(不思議なことでLEDでも稀に人気Spotがあるが)近年、マイマイガ飛来が少なく、長寿命で省エネであるLEDライトに置き換えられている。公共の道路は全てLEDに置き換えられている。工事現場や私有地の駐車場、一部の橋、自販機にはLED以外の街灯があることがある。   

より効率的に探すならば、LED以外の街灯を探していけばいい。街灯周辺の隙間や葉の上、側溝などもチェックする。なかなかLEDライト以外の街灯は珍しく、現時点で6−7カ所程度した確認できていていないが、この日は街灯採集で17頭(コクワ♂2♀7,ミヤマ♀3,ノコギリ♀2,カブト♂1,♀1)採集できた。

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ついに出会いが
2022年7月6日23時58分、18度(最高気温29度最低気温18度)、風速1m、天気は曇り、湿度は高い、月齢7日目小潮、標高434mという状況。

民家の近くにあるガソリンスタンドの錆びれた電灯を念のため確認した。虫の集まりも悪く、蛾の気配すらない。LED以外の街灯は全てチェックするという今回の採集方針でなければ立ち寄らなかっただろう。

その水銀電灯の下から4m離れた段差に石が1つ積んであり、その石の上に羽蟻のついたミヤマクワガタの♀を発見した。

石の上に佇む♀

ミヤマクワガタだと思って手に取ると上翅の点刻を認めた。

オオクワガタの♀を発見したのだ。

拡大。上翅に羽蟻が付着

体調は34mmにも関わらず、体重は1.5gと脱水があり、左顎90%欠損、右触覚欠損、右眼失明、左口唇ひげ部分欠損と個体の損傷度が高い。消耗の強い越冬個体と判断し、リポビタンDに浸したティッシュで対応。飼育個体では見られないような、飛翔行動を繰り返していた。

頻回な飛翔行

帰宅後から2日間は一心不乱に餌を摂取していた。

こうして数年間の試行錯誤と、日本縦断往復ができる移動距離の元、初めて灯火採集を成功をおさめた。

帰宅後撮影

終わりに
オオクワガタ採集はインターネットやSNSで見るほど甘くはない。特に素人が同行者の協力を得ずに一から採集に取り組む場合は、何かしらの犠牲を払って取り組まないと得られない、難しい虫であると感じた。一度や二度で諦めず、しつこく続けていれば必ず道は開ける。この採集記録が自分のような初心者にとって有意義な情報になることを祈っている。

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