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史上最大に恵まれた世代の目線から ―善の拡大から悪の縮小へ―

筆者の祖母の話をすることで、この文章を始めたいと思う。筆者の祖母は1930年、日本統治下の朝鮮で生まれた。彼女は学校で日本人の先生から日本語で教育され、アジア・太平洋戦争と植民支配解放、朝鮮戦争、冷戦の中の急激な産業化による高度経済成長と独裁政治、そして民主化を経験した。朝鮮半島の状況だけをしぼって考えると、彼女が24歳だった1954年と筆者が24歳である2018年は、想像を超えるほど違う。韓国では、人口が著しく上昇し、1950年代の約2000万人から、現在の約5000万人まで増えた。[i]1954年の人口が50年で約2.5倍に増えたのだ。世界的にみても、人口は1954年約27億人から2018年現在76億人まで増加した。[ii]韓国における1人当たりのGDPは1960年約1960ドルから、2010年約29400ドルまで約15倍増加した。[iii]民主国家の数も、1950年代の約20国家から1998年まで65国まで増えた。[iv]政治暴力によって犠牲される人数も著しく減少している。[v]また、共産圏の崩壊による冷戦終結によって、東アジア地域における核戦争の恐怖と体制競争の緊張感も著しく減少した。


 このように、筆者が今住んでいるこの社会は、色んな側面において大きく改善された。これからの状況がどう変わるかは分からないが、今の若者、特に韓国や日本で生まれ育った若者たちは、飢饉、戦争、政治暴力といった厳しい負の出来事を経験していない。また、20世紀の核戦争による、人類絶滅の危機を乗り越えて存在している[vi]、人類の歴史上最も恵まれた世代である。日本と韓国で、高等教育である大学教育を受けている人の人数は、2009年と2010年の調査によると、両国共に約300百万人ほどいて[vii]、これは100年前は想像もつかないことであっただろう。このように、筆者の祖母と筆者の人生は、社会環境が大きく変わったことによって、非常に違う様相を示している。度々年寄りの方々に会うと、「今は平和でいいね」という話を稀なく耳にすることができる。


 それでは、史上最も恵まれた世代である、我々若者は何をするべきなのか。まず、自分たちの状況を考えてみると、現在の我々は、衣食住に困ることなく生きていける状況にいる。[viii]ここで筆者が提案したいのは、善の追求よりは、いまだに世の中に存在しつつある、悪を縮小させていくことだ。ドイツの心理学者、カール・ユングは、「文明の本質は、進歩それ自体や、旧来の価値体系の無思慮な破壊にあるのではない。それは、既に獲得された良きものを発展させ精錬することにある 」[ix]と述べている。つまり、私たちは、過去の歴史から現在における重要な決定をするときに、先人たちの知的遺産を有効に活用しなければならないことである。ユングは、これが文明をさらに発展させる方法であると述べているのである。


冷戦終結以前の、イデオロギーが世の中を支配していた世界では、我々人類は、自分と思想が違う他者を抹殺させるために、地球を何度でも破壊できる核兵器の量と質を増強させてきた。人間が、自らの考え方を相手に強要するためにどれだけ愚かになれるか証明した事実である。[x]特にアメリカのケネディー政権下で行われた相互確証破壊戦略、いわゆるMAD戦略[xi]は、その極端を見せている。 飢餓で死んだ人数は、20世紀において約7500万人に上る。[xii]朝鮮半島の全人口に値する人数が、飢えで死んでいったのだ。戦争でなくなった人の数はどうだろう。ブレジンスキーによると、20世紀初から1993年まで、戦争で約8500万人が戦争でなくなった。[xiii]再び強調することになるが、私たちが20世紀から生き残ることができたのは、言うまでもなく「奇跡」である。


20世紀の暴力の時代、イデオロギーの時代から生き残ってきて、20世紀の末端に生まれた我々は、何を成し遂げるべきであるか。20世紀の歴史を見ると、人間は常に「善を拡大」しようと思い、その「善」を他人に押し付けようとする傾向が強く、その結果は残酷だった。ここで我々が学ぶべき教訓、我々若者がやるべきことは、「善を拡大」させることではなく、「悪を縮小」させていくことである。つまり、20世紀の修羅場を生きてきた、数十億人に上る先人たちから受け継いだ光で、闇をなくしていくことであると、筆者は考える。


参考文献:
忍足謙郎(2017)、『国連で学んだ修羅場のリーダーシップ』、文藝春秋
文京洙 (2015)、 『新・韓国現代史』 、岩波新書
齊藤純一 (2017)、『不平等を考える』、ちくま新書
木畑洋一(2014)、『20世紀の歴史』、岩波新書
Devereux, S. (2001). Famine in the Twentieth Century, IDS Working Paper 105
Frieden, J,A., Lake, D,A., Schultz, K,A.(2013), World Politics, W. W. Norton& Company, Inc.
Peterson, J. (2018). 12 Rules For Life, Random House Canada
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Footnotes:
[i] Republic of Korea: Total Population, https://esa.un.org/unpd/wpp/Graphs/Probabilistic/POP/TOT/ を参照
[ii] World Population by Year, https://www.worldometers.info/world-population/world-population-by-year/ を参照
[iii] U.S. Bureau of Labor Statistics, Real GDP per Capita in the Republic of Korea (South Korea) (DISCONTINUED) [KORRGDPC], retrieved from FRED, Federal Reserve Bank of St. Louis; https://fred.stlouisfed.org/series/KORRGDPC, July 21, 2018.
[iv] Number of nations 1800–2003 scoring 8 or higher on the Polity IV scale, a measure of democracy. https://www.systemicpeace.org/polity/polity4.htm を参照
[v] Estimated Annual Deaths from Political Violence, 1939-2011, https://www.systemicpeace.org/CTfigures/CTfig07.htm を参照
[vi] Jordan Peterson, 2016 Lecture 01 Maps of Meaning: Introduction and Overview, https://youtu.be/bjnvtRgpg6g を参照
[vii] 「ハングクデハクセンスカイン?チャクシヨッタ」(한국 대학 수 과잉? 착시였다)、『ハンギョレ新聞』、2011年7月3日、http://www.hani.co.kr/arti/society/schooling/485650.htmlを参照
[viii] もちろん、日本や韓国でも不平等は大きな問題で、特に日本の場合、 2014年のOECD Family Database によると、子供の7人に1人が相対的貧困状態に陥っていて、韓国の場合は65歳以上老人の相対的貧困率が50%を超えている深刻な水準にいる。
[ix] Jung, C,G.(1973), The Collected Works, Routledge; 1 edition, p.292 https://books.google.co.jp/books?id=Guc4CQAAQBAJ&lpg=PA1&hl=ko&pg=PA1#v=onepage&q&f=false を参照
[x] Peterson, J. (2018). “12 Rules For Life”, Random House Canada, p.30、まだ日本語版がないので、筆者の筆者が邦訳した。トロント大学のJordan Peterson教授は、現在、北米とヨーロッパでもっとも論争的な人物の一人である。特にフェミニズムやポストモダニズム、リベラル側に対する批判でYoutubeの大きな注目を浴びている。
[xi] Mutual Assured Destructionの略字。ケネディー大統領の参謀によって作られた概念で、相互確証破壊戦略によって、恐怖の均衡(Balance of Terror)が作られる。そして恐怖の均衡によって平和が保たれるといった、逆説的論理である。
[xii] Devereux, S. (2001). Famine in the Twentieth Century, IDS Working Paper 105, p.9, Table 2 を参照
[xiii] Zbigniew Brzezinski (1993), Out of Control: Global Turmoil on the Eve of the Twenty-first Century, Touchstone を参照

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