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3/18 提出 企画書

2月分のイメージ 祖母の棺に入れた手紙のアップデート
         内容は手紙との整合性がある
 
3月分のイメージ わたしにとってのファクトを
         以下のレンズで切り取る
                                 l  社長・役員
                                 l  会計の知識が全くない人
                                 l  経理
                                 l  監査人




1
      母方の祖母へ
 
おばあちゃんが亡くなって5年が経ったね。お通夜の日に二人だけになったときに話したこと、棺に入れた手紙に書いたことは、当時のわたしの本当の気持ちではあったけれど、当時と同じように思っていることはあまりない。多くが変わったから、今またおばあちゃんに伝えたい。 

2       NPOやベンチャーなどの財務基盤がまだしっかりしていない組織をどのようにバックオフィスから拡充できるか?
 バックオフィスという基盤を強くすることからどのように組織を強くしていけるか?は経理を始めてから考え続けていること。管理費を短絡的に無駄と見なす経営者がいるのは知っている。NPOに寄付する人が使途を制限するのも珍しいことではない。それらは結局組織を苦しめることになって、拡大の前に維持すら難しくなってしまう。ただ、実態がわからなければ、そのように考えてしまう気持ちもわかる。

3       経理を始めたこと
  ベンチャーには営業として入社したけれど、入社半年後に会社が倒産しかかって、人員整理の影響で経理の仕事もすることになった。わたしが担当していた営業所を閉鎖することになって仕事が8割はなくなったのと、経理の女性が1人退社することが重なったという偶然の産物ではあった。当時は人生で最も嫌なことだったけれど、期末にキャッシュがなければ解散すると決まっていたし、自ら履歴書を汚したくなければ在籍するしかなかった。
社長は会社を存続させたい。取引先は使えそうな部門だけがほしい。銀行は融資を返済してほしい。社員は給与を支払ってほしい。誰の利害も一致していないように見えた。
 出所不明の根拠がない噂が飛び交っていた。
 カオスの中で思っていたことは父に言われた「家族を養わないといけない人もいるし、自分と違う状況の人たちがいるから。そういう人たちに迷惑をかけることはするな」だった。カオスの中では迷惑をかけずに粛々と働くしかなかった。

4       Life is perspective もはや同じ会社に見えない
  経理の仕事を始めると、すぐに会社の見え方が変わった。同じ会社で働いているのに、組織も、 人も、全て違って見えた。もはや同じ会社で働いているとは思えなかった。

 経理の人たちは、営業部とそれほど積極的に関わるつもりがないように見えていた。正社員は飲み会に来ることもなかった。だから同じ空間にいても遠い人たちだった。だけど異動してすぐにその気持ちがわかった。あれほどまでに財務基盤がボロボロで、無駄ばかりの経費が山のようにあるのに、飲み会に行こうなんて思わない。他の社員に言えないことも多すぎる。わたし自身も経理の仕事を始めてから一度も飲み会に行かなかった。社員の人件費は、数百円単位で怒る。一方で理由が説明されない、経理的には合理的な理由が見つからない経費を毎月何万円も処理しないといけない。税理士に提出する書類を創作するのも意義が見いだせない。
 社長としては俺は社長なんだ、とあらゆることを経費で落とすのは当たり前、と言う感覚だったのだと思う。ルールを再三伝えても無駄だった。自分がBitchであるかのように言われるだけ。
 営業部員としては優秀なのかもしれないけど、お金にはだらしなく、経費の不正請求疑惑が拭えない人もいた。自分たちが売上をあげているのだから、これくらいは許される、と本人たちは考えていたのだろうな、と思う。

 ブランディングや広報で良く見せようとしてはいるけど、そのストーリーを支えられるほどの後ろ盾はなかった。与信が通らず、掛で購入できない業者もあったほど、信用がなかった。
 女性が多く働いていることをアピールもしていたけれど、ひとり親を雇用すれば助成金が取れるから、というのも理由だった。

 組織も人も、自分たちが演出したいように見せてくる。表に出ているファンタジーだけを見て、何かを判断することはできない。
 経理に異動する前のわたしには、ファンタジーしか見えていなかった。数字から広がる世界から会社と人を見ると、ファンタジーもストーリーも消えてしまう。
 始めから監査人として会社を見ていれば、入社することはなかっただろうな、と思う。そもそも実現可能性が低いことは置いておいたとしても、内部統制もなく、経営者の誠実性にも×を付けるしかないから。
 ある程度サービスは有名で、上場しようとしているけれど、何年も延期になって契約を更新している会社もある。経理の対応もスムーズでなく、この体制で上場に対応するためのタスクを回せるのだろうか?との印象を受けてしまったこともある。
 ストーリーの前に財務諸表とバックオフィスの実情を見ていれば、その後の見え方は大きく変わるのだろうな。

5       freee
 会社と社長をはじめとする一部の社員に白けてはいた。倒産しかけたのも、ただの人災だと思っていた。一方で経理の仕事の面白さは、わかるようになった。 半年ほどすると、数字が喋っているようだと感じるようになった。
 簿記は勉強したし、関連書籍も多く読んだけれど、経理としての知識で対応できるのは3割程度かもしれない。営業をしていたからビジネスについては把握していた。毎週の損益ミーティングに参加していたけれど、それ以外に営業部員との雑談や日報から情報を取ることも多かった。会社でお金に関係しない事象はほぼ起こらない。後々上がってくる書類やデータに大抵のことは反映される。業務の標準化及び効率化の観点からは好ましくないけれど、ゆるくても事前に雑談から情報を入れておけるのは役に立った。初めに全体の流れを把握していたから、半年もすれば数字が喋ってくれるようになったのかもしれない。
 経理の仕事を始めて1年ほど経った頃、役員から会計ソフトの切り替えを打診された。この会計ソフトへの切り替えが、また経理に関する見方を変えることになった。分析をするなら圧倒的に使いやすかった。会計ソフトに入力するパートさんの手間は少し増えるけれど、分類をより詳細にして、タグを付け、簡単にソートをかけられるようにした。まず分けてみると、見えてくるものがある。エクセルに移さなくても、会計ソフトの中でピボットして見ることもできた。ある営業所の2つの主力商材にタグづけをして採算を確認したら、印象と異なっていて驚いた。人が言っていることや自分が持っている印象なんて、分析するまで信じられないなと実感した。

6       新体制 
 最後の一年は、当時のマネージャーが退社してしまったから全てをやることになった。わたしが経営陣だったら他人にあれほどまで経理を丸投げしない。コストは安く抑えられるし、短期的には合理的かもしれない。けれど、業務を分離できないし、退社時の影響が大き過ぎる。意見は通らないけれど、裁量だけは巨大だった。
 貸借も知らなかったところから、1年半で年商11億円の会社の経理を全て見ることになった。月次決算、年次決算を行い、運よく3、4年に一回しか来ない税務調査も経験できた。毎朝管理部門の朝礼を仕切っていたから総務や人事についても把握していたし、手伝うこともあった。
 
7       組織と人について
 最後の1年間は立場上、多くの社員の考えを聞く機会があった。わたしに言っても、1円も給与は上がらないのに、なぜかわたしに自分が思う事を言ってくる。採用面接で、それは、当然では?市場価値はないのでは?という受け答えも聞いた。 
 多くの人は他者への期待値が高く、他責であるように見えた。けれど、雇用契約で繋がっている他者を、それほど信じる必要も、期待を持つ必要もないのではないか。
 ある営業所を閉鎖するかもしれない、となり、社長と役員が社員に説明しに行った。役員は「役員だろ?今まで俺たちになにをしてくれたって言うんだ?」と言われたらしい。役員は、社員に何かしないといけない存在なのだろうか?そのような発想を持つ時間があれば、自分の市場価値を高めて、転職活動をした方が賢明に思える。
 社長はその場しのぎで賞与を出す、と社員に言ってしまう人だった。そんなことがあると、わたしに電話がかかってくる。あれほど自分が言ったことを履行せず、整合性のない人は見たことがない。だから、同僚に「なんで、社員は社長が言ったことを信じるんですかね?」と聞くと、「それは、信じるでしょ!だって、社長だよ!?」と返された。人が言うことをあてにすることはないのではないか。その人がどのように行動したか、の方がはるかに重要ではないのか。

8       働くにあたってのマインド
 社長と役員が管理職などの前で言うことを聞いていたら、財務諸表をはじめとするバックオフィスの資料を見ていたら、多くの社員の言葉は出てこなかったのではないか。
 多くの人は自分を守ることに忙しく、そのマインドが言動にも影響する。だけどわたしは毎日数字というファクトを見ていた。不本意で的外れな批判を聞きながら。
 ある人たちにとっては、わたしはBitchだった。経費を承認しないだけで、キャッシュの事実を伝えただけで、不公平と思われる経費を伝えただけで、合理性の見いだせない支出について質問しただけで、わたしはBitchになる。
自転車操業だったキャッシュを期日通りに払えるように、法令違反にならないように、経理を回した。それがわたしのファクトだった。全方位の期待に応えることはできない。トレードオフせざるを得ないことが沢山あった。
声が大きい人が批判していたとして、それは妥当なのか?その人のファクトは考慮するに値するのか?
 ふわふわした言動は受け流し、今所属している組織がなくなっても影響を受けない自分になった方が生存戦略として妥当ではないのか。他人研究に時間を使うより、自分の成長を大事にして客観的に働いて、勉強した方が生存確率は上がるのでは、と思った。

9       監査法人へ
  転職エージェントに、他の事業会社に転職しても業務内容は大きくは変わらないし、成長したいなら、監査法人がおすすめと言われた。他の会社は受けていないけれど、運よく、今の会社に採用してもらった。

10    いきなりの産業医扱い
  入社して2か月半で13営業日休職した。それが社会人になってから最長の休みだった。それから休んだことはないけれど、産業医面談は3年間続いた。今振り返ると不調のオンパレードで、もぐらたたきのような毎日だった。

11    不調の原因は新しい職場ではない 
 今の会社は関係ないのに申し訳ないな、と思った。よく眠れなくなって、目を閉じても脳が燃えているようになったのは、ベンチャーを辞める1年ほど前からだった。特に最後の3か月は徹底的に摩耗した。
わたしはそもそも全てを無視しておけば良かったのだろうか。25歳のわたしには懸念があった。
(役員に提出した資料作成の元となった資料と当時の考え 年次決算の際に起きたこと 821文字)
 倒産はしていないけれど、倒産しかけた頃に匹敵するカオスだったように思う。あらゆる人に財務状況について聞かれた。模範解答がわからない。自分でもどのように回答していたか覚えていない。加えて後任への引き継ぎも上手くいかず、徹底的に削られた。
 どのような対応が模範解答だったのか、30歳の今でもわからない。(当時の考え50文字)社長をはじめとする一部の社員がどうなっても自業自得だけれど、そうでない社員への給与のためのキャッシュは問題ないか?転職活動をする時間は充分に取れるか?あらゆることを考えて摩耗した。
家族がいる社員は不安だったと思う。情報は閉じられていて、黒字になった、というフェイクを聞かされていた。会計ソフトを切り替えてから管理者レベルの社員であればアカウントがあり、財務諸表が閲覧できるようになっていた。ただ、それすらフェイクだった。あらゆる不履行により、社長には信頼がなかった。そうであれば、経理に聞くしかない。けれど、わたしに言いたいように話す権利はなく、ファクトは取れない。
 社長としてはBitchは黙っておけよ、というかんじではあったのだと思う。他の気に入らない、と見なされた人たちのように、雇用契約を変更されたり、異動させられたりして退社に追い込まれることはなかった。人としては潰したかっただろうけど、代替が難しい役回りをしていた。
 摩耗したのは、他の誰かに原因があるとも思っていない。あの頃の自分は、キャッシュを回すことを第一優先としていた。履歴書は自ら汚すべきでないもの、と思っていた。もっともっともっともっともっともっと市場価値を上げるために成長しないといけないと思っていた。自分の感覚や体の声を無視して、経済的に合理的であろうとした。カウンセラーの言葉を借りれば、自分を人間扱いしていなかった。それらがわたし自身を摩耗させた。自分で作り出した現実に疲れ切っただけではある。

12    約2年引きずることになるマインド
  今の会社でも始めの2年ほどは負債を返済するような気持ちで働いてた。わたしは赤字だから、と多くを飲み込んだ。2年ほどそのようなマインドで働いていたけれど、プライベートで受けたコーチングでのコーチの一言が認識を大きく変えた。たった一言で。確かに、と。それから元々のBad Bitch Energyをじわじわ取り戻していった。

13    プロボノネットワーク
 
大幅な赤字から始まったけれど、入社半年の時点で繁忙期を2回経験して、 監査の仕事だけをしてこの組織で働くことはできないな、と思った。監査は勉強にはなるけれど、やりたいことではないから。そんな時、今所属しているプロボノネットワークのイベントがあった。運営メンバーへの参加を決めて、3年半ほど活動してきた。 

14    目指すゴールと解散の基準
 社会に良いことをしたい、と考える社員が一歩踏み出すきっかけになる機会を提供するのを目的に設立された。 NPO などの組織をサポートすることが普通のことになって、きっかけを提供するための組織が社内に必要でなくなったら、わたしたちの役割も終わりだと考えている。

15    会計に関する知識を持てば良いのでは?と思うこと 
 ネットワークの活動やプロボノで、NPOや小さな会社のバックオフィスがしっかりしていないのはよくあることだと実感する。代表の方でも補助金を除いた損益を把握していなかったり、会計ソフトの入力方法からやり直しが必要だったり、もったいないことがよくある。
 そうなってしまう気持ちはわかる。それでも、わたしでも、経理を始めてすぐに重要性に気づいた。だから、ここが変われば、多くのもったいないことが変わるとも考えている。
 詳しく勉強する必要はないはず。会社に必要な最低限の知識があれば良いし、会計ソフトも進化してるから、分析に便利なソフトに切り替えれば良い。最終的には信頼できる人に任せれば良いけれど、ある程度会計について把握しておいてデメリットはないのでは、と思う。経営計画を練る際に会計の知識がないのは厳しい。経理や税理士と話す際にもある程度知識がないと不便ではないだろうか。

16    会計ソフト及びシステムを活用する
 以前会計ソフトの営業を受けて、導入の工数と費用に驚いた。だけど、クラウドのシステムを導入すれば、少ない人数で切り替えられるし、それほどのコストもかからない。切り替えの時期は趣味はfreeeです、というレベルで会計ソフトをあたっていた。数か月間は大変だったけれど、切り替え後は圧倒的に仕事がしやすくなった。経理の人数も5人から3人になり、繫忙期でもそれほど立て込まなくなった。

17    資金繰り
 財務諸表を見るための知識があっても、資金繰りができるかはまた別の問題になってしまうけれど、会計ソフトの機能を活用すれば多くの人が対応できるはず。わたしが資金繰りで最も難しいと思っていたのは海外取引を考慮しないといけない点だった。国内だけなら経由銀行の影響も受けないし、難易度は下がるだろうな、と思ってた。一旦資金繰り表を作成して論理を把握しておいた方が後々役には立つだろうけど、その後はシステムに任せれば資金を回せるのではないか。

18    フロントオフィスとバックオフィスの対等な関係
 数字は見ない、という経営者はいる。その場合はバックオフィスに発言権があり、フロントオフィスと対等な関係が保てるのであれば、良いのではないかと思う。そのようにして会社を大きくしている経営者もいる。 

19    お金と利益に対するマインド
 
お金と利益に関する考え方も問題なのかもしれない。NPOの場合は利益を生むためにできそうなアドバイスを聞き入れなくても、助成金には頼っていたりする。
 NPOに寄付をする側も、寄付の使途を制限したりして運営側の負担を増やしてることもある。まるでNPOは熱意と善意だけをエネルギーとして管理費なしで運営できるかのように。ストーリーが想像しやすくて多くの人の共感を呼ぶことにはお金が集まりやすいけれど、管理費に使うためのお金を集めるのは難しい。
 自分自身がバックオフィスに全く興味がなかったら、そうなってしまうのはわかるけれど。だけど、それでは組織を拡充するのが難しい。NPOも、管理費は効果的で持続可能な組織運営のために必要だと支援者に示す必要があるのかもしれない。

20    偉大なNPOの条件 の出版から16年
 NPOを取り巻く環境は大きくは変わっていないように見える。一方でソーシャルビジネスという言葉も以前よりは認知度が上がったように思えるし、社会に良いことしたいと考えたときに取りうる選択肢は増えているとも言える。

21    Be the Change から Today, I am wise. So I am changing myself 
 
Be the change what you want to see in the worldって思って頑張るんだ、ってお通夜のときも言ったし、棺に入れた手紙にも書いたけれど、今は好きな言葉ではなくなった。今はYesterday I was clever, so I wanted to change the world. Today I am wise, so I am changing myself.が一番好き。何が世界にとって良いのかわからない。でも、自分が今できることの最善を尽くして人生最後の日まで、自分を変え続けたい。バックオフィスから組織を支えるのが、今のわたしが命を使いたいことだけど、これもいつか変わるかもしれない。
 最後だと思って25歳のわたしは祖母の棺に手紙を入れた。だけど30歳の今、また祖母に手紙を書いている。これからもわたしは変わり続けるから、35歳、40歳、と手紙を書いていきたい。そのときのわたしは大きな変化を経ていて、きっと今より賢い。


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