「タコピーの原罪」が明らかにするネット民の差別と偏見

 2022年ジャンプ+で最も勢いのある漫画は「タコピーの原罪」だろう。ストーリを簡単に説明すると、イジメや虐待被害を受けてる少女しずかの元に悪意というものが存在しない惑星で育ったタコピーという宇宙人がやってきて、宇宙人の超科学的な道具でしずかを救おうとするが、タコピーの純粋な善意があらぬ方向に転がって事態が悪化したり、イジメっ子をはじめとする周囲の人物も家庭に闇を抱えていて…という話だ。この漫画はネット民のハートをガッツリ掴み、Twitterでは配信日にはトレンドワード上位入りするなどかなりの人気を博している。

 その感想で最も目につき、またバズっているのが「タコピーの原罪の虐待児の描写はリアルである」という賞賛意見だ。

  しかしながら性風俗産業従事者の娘であるしずかが少年を誑かすビッチになり、親から暴力を振るわれているイジメっ子の少女はしずかに対して暴力を振るい、親から教育虐待を受けてる少年はタコピーにロジハラする…といった所謂「虐待の連鎖」は現在では半ば神話と扱われている。誤解を恐れずに言えば「被虐待児は虐待親の表現型を受け継ぐ」というのはアナログな偏見及び差別意識に他ならない。タコピーの原罪における虐待家庭の不自然さについては、わかり手さんが既にnoteで指摘しているので、ここではネット民の偏見のもとである「虐待の連鎖」について語る事とする。

 幼い頃に虐待を受けた子供は、自身が親になった時に自分がされたような虐待を子供にもしてしまい、その子供もやはり自分の子供に対して虐待を行ってしまうので虐待を永遠と連鎖していく…というのが虐待の連鎖の1般的な物語になるだろう。この物語を良い悪いは別にしてタコピーの原罪は忠実になぞっている。しかし近年の研究では、このような物語を半ば否定されているのだ。

 虐待の連鎖に関する、最もインパクトのある研究はニューヨーク市立大学よって1967年に開始されたものだろう。その研究は12歳以前に虐待歴のある900人の子供を50歳まで追跡し、他者に対して性的虐待する傾向を調査した。また世帯所得、性別、年齢、民族などの人口統計学的要因は被虐待児グループと1致しているが、虐待を経験しなかった児童のグループも追跡した。研究チームはこれらのグループを比較して、虐待された子供達が大人として他者を虐待する可能性が高いか低いかを確認しようしたのである。

 調査結果によると、性的虐待歴を持つグループの4.6%は成人としての性犯罪で起訴されただ、虐待歴のないグループは4.5%が起訴されていた。つまり結局のところ、性的虐待歴の有無は性犯罪を起こす可能性と何の関係もなかったのである。
https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/article-abstract/2086458

 また身体的虐待に関しても「各研究を分析したら検出バイアスや社会人口統計学的特徴等の介入要因が制御されてないっぽい研究だと虐待の連鎖が確認出来るが、基準を満たす研究だと微妙」ということが判明した。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11022929/

 このように「被虐待児が虐待親になる」という現象は否定されつつあるが、それとは別の形で「虐待の連鎖」は起こることが虐待の研究レビューから示唆されている。両親が性的虐待歴を持っている子供は、そうでない子供に比して性的暴行に耐える確率が3〜4倍高いことが発見されたのだ。つまり親自身は加害者にならないが、虐待歴を持つ親や子供の被害及び被害の兆候に対して「鈍感」になってしまい被害へ適切な対処がとれなかったり対処が遅れてしまうというのである。

 しかしながら同研究レビューでは虐待児の95%が虐待を連鎖させないことを示唆した。繰り返して言うが「被虐待児は虐待親の表現型を受け継ぐ」というのはアナログな偏見なのである。
https://www-cambridge-org.translate.goog/core/journals/development-and-psychopathology/article/abs/testing-the-cycle-of-maltreatment-hypothesis-metaanalytic-evidence-of-the-intergenerational-transmission-of-child-maltreatment/C3D3168C2C8B5240075A48F3F074C1A8?_x_tr_sl=en&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja&_x_tr_pto=wapp

 私はタコピーの原罪という作品にケチをつけたいわけではない。漫画に必要なのは現実に基づいた「リアリティ」ではなく「リアル!と感じさせる説得力」であり、またアナログな偏見…例えば陽気でお笑い好きな関西人…を人物描写として盛り込むことや、虐待や貧困といったセンシティブな問題をアナログな偏見を元に露悪的に描写することも表現の自由の範疇だと思っている。

 しかしながらそうした偏見を「リアルだ!」「虐待家庭はそうなんだよ!」「生々しい!」「凄まじいリアリティ!」と言うことは、被虐待児への無知と偏見の発露に他ならず、また被虐待児への差別を助長させるものであるし、同時に被虐待児に「貴方は将来虐待した親のようになるのだ」と呪いをかける営為だ。

 とつらつら書いたが、私の言いたいことはただ1つ「2次元と3次元の区別はつけよう」に尽きる。そして出来ればフィクションだけではなく現実の虐待問題にも関心を持って頂ければ幸いだ。

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