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知らないものは怖い。


#2000字のホラー

よく幽霊とか悪霊とかの話を聞くことがあるけれど もとをただせば人間なわけで 悪意があったとしても怖いという気持ちにはならない。特に現代人だったりすると 割といても不思議ではないとも思う。

私が怖いのは 知らないもの。同じ元人間でも生きていた時代が違う人は 考え方とか常識が違う前提で怖い。こちらの言い分は通用しないこともあるし。もうひとつ怖いのは 元人間ではなさそうなもの。あくまでも「なさそう」というのは 本当の正体がなんなのか分からないから。

もう20年くらい前の話。

その当時 開所したばかりの老健で 職員研修の一環として全員が一度 夜勤業務を体験するっていうのがあった。かといって利用者さんがいるわけでなしヒマなんです。夜勤の相棒は彼女とPHSで通話したいっていうので 屋上でひとりタバコでも吸いながら 自分も友だちにかけて時間を潰そうと外に出た。季節はちょうど今頃。8月の半ばくらい。今 考えるならお盆に近かったような気もする。

タバコに火を着けて一服しながら PHSの電話帳から友だちにかけてみた。時間は0時まであと30分くらいの遅い時間。独り暮らしの友だちの 夜勤練習どうよ?と 冷やかし交じりの笑いから通話が始まった。

この施設は某有名大学に近く よく大学生が遅くまで騒いでたりもする。通話の最中も遠くから 太鼓を鳴らすような音とざわざわした複数の声が聞こえていた。友だちも 相変わらずバカな大学生が遅くまで騒いでんな と呆れ気味に言う。PHS越しにでも音は聞こえていた。運動部が有名な大学でもあるし どうせ応援の練習でもしてんだろくらいで この件については気にせずに もう一本タバコに火を着けて どうでもいい会話を続けていた。

そのタバコを灰皿でもみ消そうとしたとき 音がさっきよりも大きくなっていることに気づいた。通話相手の友だちも 音 近くなってない?と訊いてくる。なにも話さず音に集中してみる。

ここは4階建ての屋上。音は自分の真横から聞こえてきている。下でも上でもない 屋上から地続きなような不自然な響き方だった。そして 音が大きくなったのではなく 近づいてきている。そして内容が聞き取れるようでいて 歌なのか念仏なのか 日本語なのか外国語なのかわからない。ただ 相手は集団であることは間違いない。高い声も低い声も混ざっている。

PHSの向こうの友だちが 音さあ…やばくない?という。どんどん大きくなってる…と。自分も分かっている。近づいてくる速度が速い。

ごめん ちょっとヤバそうだから戻るわ と通話を切って逃げるように屋上の扉に走った。音は私の背中を追うように加速して大きくなる。その時に呪文のようなものを 独自な節回しで唄っているのだと気づいた。体感であと10メートルくらいまで 音が近づいたタイミングで屋上から館内に飛び込んだ。確かに蒸し暑い季節ではあったものの かなり汗をかいていた。


ステーションに戻って夜勤の相棒に 今あったことを話そうと思った。話すことで気を紛らわせたかった。でも 残念なことにさらにイヤな汗をかく結末が待っていた。私たちが 変な音 を聞いていたとき ステーションの電話が鳴ったそうだ。誰か職員がイタズラでかけてきたんだろうと思い 外線からの電話を取った。無言電話だ。相棒は案の定 イタズラ電話かよ と受話器を置く。すぐにまたかかってくる。今度は遠くから声がするけれど聞き取れない。また電話を切る。この繰り返しが数回続き 今しがたかかってきた電話では 変な歌を唄う声が大音量で聴こえたと 私が話し出すより先に話し出した。彼女との楽しいおしゃべりの時間も吹っ飛んでしまったようだった。

これが元人間の集団だったのか 違うなにかだったのかは分からない。本格的に業務が始まってからも 時々おかしな出来事は起きた。ある夜 別の階から内線で呼ばれた。職員は階段を使うのが常なので 階段で下の階に下りた。階段室の隣はエレベーター。ただし操作するには鍵が必要な仕組みになっている。認知症の方が出てしまわれないように鍵を持つ職員しか動かすことはできない。そのエレベーターが一階から四階まで 昇降をくりかえしている。どこの階に止まるわけでもなく ただ動いていた。私たちはエレベータの上に表示される 階を表示するランプを黙って見ていた。ずっと動き続けていたランプが 唐突に私たちが立っている二階を表示して止まった。その場に私を含め三人がいたものの 誰も話すことも動くこともできない。そしてエレベーターのドアが開いた。中は真っ暗だった。当たり前だが操作していない 誰も乗っていないのだから。唖然としている私たちに その暗い箱の中から物凄く強い風か吹き付けてきた。一瞬のことで また扉は閉まりエレベーターは そのまま止まった。こういう分からないものが何よりも怖い。

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