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第二十九回:片面に一曲だからこそ

片岡義男『ドーナツを聴く』
Text & Photo:Yoshio Kataoka

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。片岡義男が買って、撮って、考えた「ドーナツ盤(=7インチ・シングル)」との付き合いかた


片面に一曲だけ収録してあるレコードを、日本語ではシングル盤と呼んでいる。英語ではフォーティ・ファイヴと言ったりするようだが、これはそのレコードの回転数の45RPMをフォーティ・ファイヴと読んだだけのことだ。

このシングル盤は使い勝手がいい。「さて、ここらで一曲、聴きましょう」と言いさえすれば、およそどのような曲でも、「ここらで一曲」の範囲に収まるから不思議だ。「ここらで一曲」は、どんな曲とも相性がいい。その見本が十とおり、ここにある。

ここにある十枚のシングル盤は、中古レコード店で段ボール箱のなかにならんでいたとおりだ。それがそのまま僕のところに送られてきて、僕はいま初めてそれに手をつける。中古レコード店の店頭にならんでいるとき、すでにシングル盤は、その前後の曲目が、出たとこ勝負、つまりでたらめなのだ。しかしこのでたらめさ加減は、店頭で段ボール箱をあさっていくときの、手指にも感じる魅力のひとつを、確実に作っている。

十枚のシングル盤を僕は抜き出してみた。十一枚、あった。十一枚目はポール・アンカの『ダイアナ』だった。それを箱に戻し、手のなかに残った十枚を僕は眺めている。ブルース・スプリングスティーンの『ハングリー・ハート』にイヴェット・ジローの『詩人の魂』ではないか。こんな組み合わせがあるわけない。しかし、現実に存在しているのだ。『ブーベの恋人』のクローディア・カルディナーレとジョージ・チャキリスが、『吼えろ!ドラゴン』ののジャケット写真のブルース・リーと組み合わされているのを、僕は自分の手のなかに見る。

とんでもない組み合わせがまだ続いていく。僕が撮った写真を見るといい。このような組み合わせが出来るのも、シングル盤はその片面に一曲だけ収録されているからだ。



片岡義男
かたおか・よしお。作家、写真家。1960年代より活躍。
『スローなブギにしてくれ』『ぼくはプレスリーが大好き』『ロンサム・カウボーイ』『日本語の外へ』など著作多数。
近著に短編小説集『これでいくほかないのよ』(亜紀書房)がある。
https://kataokayoshio.com



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