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第八回:映画『リコリス・ピザ』

堀口麻由美『カルチャー徒然日記』
Text:Mayumi Horiguchi

70’sサンフェルナンド・バレーに恋して

(C) 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

『リコリス・ピザ』はイメージ写真を1枚見たその瞬間から「いいに違いない」と確信していたが、本当にその通りだった。いや、予想を遥かに超えて、素晴らしかった。ひとことで説明すると、1970年代のサンフェルナンド・バレーを舞台にした「ボーイ・ミーツ・ガール」映画なのだが、カルチャー好きにはたまらない「隠し味」が満載! 俳優、舞台美術、選曲、ストーリーの進行具合など、とにかく全てがめちゃくちゃにイカしてて最高なんである。

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まず、主役の2人が良い。ともにこれが映画デビュー作となる主演を務めるのは、三姉妹バンド「ハイム」の三女であるアラナ・ハイムと、今は亡き怪優フィリップ・シーモア・ホフマンの息子であるクーパー・ホフマン。バンドやってるとか有名俳優の血筋とかそういうのは全く抜きにして、「うわぁ」とため息が出るほどの演技で、薄寒さを感じるぐらい才能がある。表情とか、歩き方とか、たまらなく魅力的で、まさに感涙モノ! この2人を主役にしただけで映画の成功は決定したといえよう。ちなみに本作にはアラナの家族が全員出演している。内訳は「ハイム」の残りのメンバーである姉エスティとダニエル、そして両親なのだが、母ドナは、なんとポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)監督が小学生だった時の美術教師だったんだとか。いやぁ、縁とか運命ってあるんですね!


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そして音楽好きにはたまらない仕掛け&設定にも脱帽! まずタイトルの「リコリス・ピザ」は、かつて実在した独立系レコードショップ・チェーンの名称だ。PTAは、本作を製作時に影響を受けた映画として『アメリカン・グラフィティ』(73) と『初体験/リッジモント・ハイ』(82) をあげていたそうだが、たしかに両作品にて展開されているバリバリにカリフォルニアな青春物語は、本作に通じるものだ。なので、その手の「ノリ」が漂う映画好きな人は、確実にノックアウトされてしまうハズ。そういえば『アメグラ』自体は1962年のカリフォルニアの田舎町が舞台だが、映画が公開された1973年は本作の舞台設定となっている年だ。また『初体験/リッジモント・ハイ』は80年代初頭を舞台にした映画なので時代としてはズレるが、ショッピングモール内にある「リコリス・ピザ」の店舗が出てくる。なにより、劇中に登場する音楽のチョイスが最高。PTAの抜群な選曲ぶりには感激せざるを得ない。加えて、スコアも良い。スコア制作を手掛けているのは英バンド、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドで、彼の曲「リコリス・ピザ」は映画のオリジナル・サウンドトラックに収録されている。映画やドラマにおける秀逸な選曲は、すでに「アート」として認識されているが、もう映画の冒頭に流れるニーナ・シモンの曲「ジュライ・ツリー」にさっそくヤラレてしまい、その後もガンガン攻められまくってしまった! 70年代の音楽はメロウで甘く、哀愁感溢れるものが多いが、15歳の少年と20ウン歳の女性のラブストーリーと、見事なほどにバッチリと融合し、叙情感をこの上なく高めている。そしてそこがたまらなく良い。泣ける!


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70年代が舞台なのもグッド。70年代といえばアメリカン・ニューシネマとか流行ってたし、その他のジャンルのアメリカ映画も良いモノが多かったと記憶している。ここ日本でも映画館やTVの洋画劇場などでいろいろ放送されており、『がんばれ!ベアーズ』(76) とか大好きだったのだが、同作は主にサンフェルナンド・バレーを中心に撮影された映画。つまりベアーズで描かれているファッションや世界観が、21世紀に作られたものであるにもかかわらず、本作ではバッチリ堪能できてしまうのだ! そんなふうに、70年代を完璧に再現している点もグレイトとしか言いようがない。ファッションもセットもナイスだし、本作には、当時、実際に存在した店や人物がたくさん登場する。そんな感じで、PTAの70年代LAへの愛の強さを実感できる。この映画作りぶりは壮大かつチャーミングで、魅せられてしまう。

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さらに、「虚実混交」具合の巧みさにも、唸らせられた! クーパー・ホフマンが演じるゲイリー・ヴァレンタインのモデルは実在する元子役のプロデューサー、「ゲイリー・ゴーツマン」だが、実際に10代の頃、ウォーターベッドのアントレプレナーとピンボールパーラーのオーナーだったし、隠れゲイの政治家ジョエル・ワックスの選挙キャンペーンにも参加していた。その「ジョエル・ワックス」も、ブラッドリー・クーパーが演じる、バーブラ・ストライサンドの彼氏であるプロデューサーの「ジョン・ピーターズ」も共に実在の人物で、映画にも「同姓同名の本人」として登場している。そのように、たくさんの「実在した事実」が本作には反映されてはいるのだが、そこには監督の創作性が加わってもいる。そしてそれがまた、映画をより面白くしている。例えば、映画監督としても知られるベニー・サフディが演じる「ジョエル・ワックス」の本物は1971年から30年間ロサンゼルス市議会議員を務め、市長選にも立候補した。現在はカミングアウトも済ませ、アンディ・ウォーホル美術財団の代表を務めている。映画にはワックスの「彼氏」が登場するが、“本人”が本作関連のインタビューで語ったところによると、当時、彼氏はいなかったそうだ。


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また微妙に“本人”じゃないエンタメ業界人が登場するところも興味深い。『初体験リッジモント・ハイ』にも出てたショーン・ペンが演じたのは、アラナ・ハイム演じるアラナ・ケインがオーディションを受けた場で意気投合した俳優ジャック・ホールデンだが、この苗字からピンとくるように、『麗しのサブリナ』『ワイルドバンチ』等で知られる俳優ウィリアム・ホールデンがモデルだ。ミュージシャンでもあるトム・ウェイツが演じる映画監督レックス・ブラウのモデルは、ホールデン主演作『トコリの橋』を監督したマーク・ロブソンが有力視されているが、サム・ペキンパーやジョン・ヒューストンもモデルにしていると言われる。そんな感じで、PTAのセンスで加わったクリエイション部分により、映画としての楽しさと深みは増している。その点も見逃せない。


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そんな感じで登場人物たちのキャラも魅力的なのだが、登場する「レストランそのもの」など、セットの見事さにもクラクラする! 主役の2人が初めてデートし、その後も何度も登場するレストラン『テイル・オコック』は実在したものでLAに2店舗あった。本作に登場するのはシャーマン・オークス店で、1987年に閉店してしまったが、映画で描かれていたように、実際に業界人が集う場所だったそうだ。東京近辺を例に出してみると、『七人の侍』をはじめとする黒澤監督作品や『シン・ゴジラ』などの「ゴジラ」シリーズを産み出した東宝スタジオの近くにかつて存在した中華料理店「成城マダム・チャン・ホームキッチン」のような存在の店だったと想像する。「マダム・チャン」は大岡昇平が80年代に書いたエッセイ『成城だより』や大江健三郎の小説などに登場しており、筆者も行ったことがあるが、たまたま市川崑の「お別れ会」の日に訪れた時には、そこらじゅうが映画関係者で埋め尽くされていた。きっと『テイル・オコック』内も、常にそんな雰囲気だったに違いないとか考えると、夢が広がって楽しい。本作の舞台となっているサンフェルナンド・バレーは、映画スタジオとかが色々あったりするんで、東京で言うと、東宝スタジオがある成城から、日活調布撮影所や角川大映スタジオなんかがある調布あたりを大雑把にまとめた一帯みたいなところと言えよう。PTAやアラナ・ハイムにとっては「地元」でもあるロケーションが放つアーティな郊外感にも、たまらなく惹かれてしまう。

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70年代という時代の「良さ」はもちろん、ゲイは隠さなければいけないとか古い時代に残されていた各種の「悪さ」をも内包しつつ、その魅力を思う存分に発揮している本作。まさに傑作である!

最後に、映画にフィーチャーされた曲のフルリストは以下の通り! 頑張ってまとめてみました~。

余談だが、音楽好きで有名なエドガー・ライトが60年代を舞台にした映画『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021)には『007/サンダーボール作戦』(65)が上映されている映画館が出てきて、本作には『007/死ぬのは奴らだ』(73) を上映中の映画館が登場! 2人は張り合おうとしているのか?! ……というのは冗談だとしても、選曲に関しては常に、ライトの方がより「マニア」っぽい気が。PTAの方が良い意味で「ぬるめ」で、その時代を生きた人なら誰もがどこかで聞いたことのある、ポピュラーな楽曲を選んでると思う。皆さんにもぜひ2人の映画&選曲をチェックしてもらって、判断下してもらったら超面白いハズ。いろんな意見が飛び交って、場が盛り上がること間違いナシ! 

<Licorice Pizza Soundtrack: Every Song in the Movie>
●公式サントラ収録曲一覧
1. ジュライ・ツリー / “July Tree” by Nina Simone 
2. メロウなふたり /  “Stumblin’ In” by Chris Norman & Suzi Quatro 
3. サムタイムズ・アイム・ハッピー / “Sometimes I’m Happy” by Johnny Guarnieri 
4. ザ・ポジティヴ / “Ac-Cent-Tchu-Ate- The Positive” by Bing Crosby & The Andrews Sisters
5. ブルー・サンズ / “Blue Sands” by Chico Hamilton Quintet
6. バット・ユア・マイン / “But You’re Mine” by Sonny & Cher
7. マイ・ディンガリング (ライヴ・アット・フィルモア・オーディトリアム、サンフランシスコ) / “My Ding-a-Ling (Live at Fillmore Auditorium, San Francisco)” by Chuck Berry feat. Steve Miller Band 
8. ピース・フロッグ / “Peace Frog” by The Doors 
9. レット・ミー・ロール・イット / “Let Me Roll It” by Paul McCartney & Wings
10. 火星の生活 / “Life on Mars?” by David Bowie
11. スリップ・アウェイ / “Slip Away” by Clarence Carter 
12. 僕のダイアモンド・ガール / “Diamond Girl” by Seals & Crofts
13. グリーンスリーヴス / “Greensleeves” by Mason Williams 
14. バラバジャガ / “Barabajagal (Love Is Hot)” by Donovan with The Jeff Beck Group
15. ソフトリー・ウィスパリング・アイ・ラヴ・ユー / “Softly Whispering I Love You” by The Congregation
16. リコリス・ピザ / “Licorice Pizza” by Johnny Greenwood
17. 心に秘めた想い / “If You Could Read My Mind” by Gordon Lightfoot 
18. ウォーク・アウェイ / “Walk Away” by James Gang
19. お聞き、リサ / “Lisa, Listen to Me” by Blood, Sweat & Tears
20. 君の明日はもう来ない / “Tomorrow May Not Be Your Day” by Taj Mahal 

●公式のサントラには未収録だが、映画で流れている他の曲のリストはこちら↓:
1. “At the Crossroads” by George Hamilton
2. “13 Questions” by Seatrain
3. “Gypsy in My Soul” by Johnny Guarnieri
4. “You’ll Never Know” by Johnny Guarnieri
5. “Change Partners” by Stephen Stills
6. “7-Rooms of Gloom” by Four Tops
7. “Young Girl” by Gary Puckett and The Union Gap
8. “I Wished on the Moon” by Rahsaan Roland Kirk
9. “I Left My Heart in San Francisco” by Johnny Guarnieri 
10. “Cotton Fields (The Cotton Song)” by Sandler & Young
11. “Yours, Mine and Ours” by Fred Karlin, His Orchestra and Chorus
12. “Muirsheen Durkin” by Luke Kelly & The Dubliners 
13. “I Saw The Light” by Todd Rundgren 
14. “Like to Get to Know You” by Spanky & Our Gang
15. “Hot Smoke & Sasafrass” by The Bubble Puppy
16. “Make Up Your Mind” by Daddy Dookie and the Fun House
17. “The Lament of the Cherokee Reservation Indian” by Paul Revere & The Raiders featuring Mark Lindsay 
18. “The Horse” by Cliff Nobles 

『リコリス・ピザ』
公開日:TOHOシネマズ シャンテほか全国絶賛上映中!

原題:Licorice Pizza

脚本・監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン、ショーン・ペン、トム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディ
配給:ビターズ・エンド、パルコ ユニバーサル映画 
2021年製作/134分/PG12/アメリカ
https://www.licorice-pizza.jp/


堀口麻由美
ほりぐち・まゆみ。
Jill of all Trades 〈Producer / Editor / Writer / PR / Translator etc. 〉『IN THE CITY』編集長。
雑誌『米国音楽』共同創刊&発行人。The Drops初代Vo.


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