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第十九回:悠久の美

堀口麻由美『カルチャー徒然日記』
Text & Photo:Mayumi Horiguchi

名建築を訪ね、未来に想いを馳せる

旧赤星鉄馬邸 正面玄関脇から見た外観

武蔵野市が、昨年に引き続き、5月10日から16日までの期間限定でアントニン・レーモンド設計による名建築を一般公開したのだが、その最終日に行ってきた。

旧赤星鉄馬邸は、日本モダニズム建築の先駆者といわれるアントニン・レーモンドが設計した。明治生まれの実業家である赤星鉄馬が依頼して建てられたものだ。昭和9年(1934)竣工の鉄筋コンクリート(RC)造地階付き2階建ての大規模住宅で、敷地内には緑溢れる広い庭と共に、市が指定した32本の保存樹木がある。

庭から見た旧赤星鉄馬邸

同邸は昭和19年(1944)に日本陸軍に接収されたのち、昭和20年(1945)からはGHQにより接収。その後、カトリック・ナミュール・ノートルダム修道女会が、米国で広まった原爆投下の贖罪の募金を資金源として昭和31年(1956)に購入し、シスターの養成施設として使用していた。だが近年はシスターになる者が減少し、平成23年(2011)に最後の1人が巣立ち、修道女会は令和3年(2021)、邸宅を市に寄贈。そして令和4年(2022)に国の登録有形文化財(建造物)として登録された。市としては、この建物を単に保存するだけではなく、庭と一緒に利活用し、この環境を次世代へとつないでいくために検討しているそうなのだが、素晴らしいことだと思う。秀逸な建築は解体すべきではない。未来のためにも、残し続けるべきだ。


正門脇に掲示された登録証など


まだ旧駅舎が残っていた頃の原宿駅。画像左側にあるのが現行の新駅舎。2020年7月3日撮影

ミッドセンチュリーを代表するブラジルのデザイナー、リナ・ボ・バルディの企画展が北青山のブラジル大使館で5月に開催され行ってきたのだが、彼女は日本から多大な影響を受けていたという。70年代に2度来日しているのだが、漆の作品を制作したアイリーン・グレイや、日本との繋がりが深かったシャルロット・ペリアンから影響を受けて日本に関心を持ったと言われており、日本式の収納棚や風呂から着想を得たり、前述の丹下健三と共同でプロジェクトを行ったりした。畳や、伝統的な建具のシンプルな美に注目しており、鎌倉の円覚寺や鎌倉近代美術館、京都の龍安寺に足を運び、そこで見たものや経験を活かし、自身が手がけたデザインに反映している。リナ・ボ・バルディは日本の文化、禅などの世界観に強い関心を持っており、「心」としての身体、あるいは「身体」としての心といったような<身体と心の運動が共存している日本の概念>に敬意を抱いていたと、展覧会場に掲げられたボードに書かれていた。だが、それは彼女の妄想なのか? あるいはかつての日本人の内には確かに存在していたが、現代の日本人には、そんな精神性は皆無なのか? そんなふうに考え、絶望してしまいそうになる。

ブラジル大使館にて開催された『リナ・ボ・バルディ展』会場内

だけど可能なら、生まれ育った国に失望したくはない。だから武蔵野市には頑張ってもらい、旧赤星鉄馬邸と庭を効果的に利活用していただきたい。市は現在、保存・利活用に関するアンケートを実施しており、集まった意見を参考に諸々検討していくそうなので、よい案をお持ちの方は、ぜひ市にそれを伝えてほしい(※詳細は以下のサイトを参照:https://www.city.musashino.lg.jp/shiseijoho/shisaku_keikaku/sogoseisakubu_shisaku_keikaku/akaboshi_tei/index.html)。

少し話がズレるが、日本に現存する素晴らしい建築といえば、渋谷区立松濤美術館がある。「建築そのものがアート」と言われる同美術館は "哲学の建築家"と評される京都出身の白井晟一(しらい せいいち)の晩年の代表作として知られる。2021年10月23日~2022年1月30日まで開催されていた『渋谷区立松濤美術館 開館40周年記念 白井晟一 入門 第2部/Back to 1981 建物公開』に行き、美術館建築そのものを鑑賞する展覧会を楽しんだが、同美術館では現在『エドワード・ゴーリーを巡る旅』展が開催中だ(2023年6月11日まで)。ゴーリーならではのダークな世界観が、松濤美術館という建物と見事に合致し、この展覧会を、さらに特別なものにしていた。

『エドワード・ゴーリーを巡る旅』展を開催中の松濤美術館 外観

このゴーリー展を盛り上げた"陰の存在"としての松濤美術館のような使い方が、旧赤星鉄馬邸とその庭にも、きっとある。その方法について思案を巡らす方が、無味乾燥な建物を乱発し続けることよりも、ずっといい。間違いない。

・アントニン・レーモンド(1888~1976)
オーストリア=ハンガリー帝国(現チェコ共和国)出身の建築家。フランク・ロイド・ライトのもとで学び、帝国ホテル建設の際に来日。その後日本に留まり、モダニズム建築の作品を多く残す。妻のノエミ・レーモンドは家具などのデザイナーであり、 民藝運動の創始者・柳宗悦をはじめ当時のすぐれた芸術家、思想家と親交をもった。

・旧赤星鉄馬邸は、明治生まれの実業家である赤星鉄馬(1882~1951)の自邸。
武蔵野市の関連ウェブサイト:https://www.city.musashino.lg.jp/shiseijoho/shisaku_keikaku/sogoseisakubu_shisaku_keikaku/akaboshi_tei/index.html

・リナ・ボ・バルディ(1914~1992)
イタリア生まれのブラジル人。ブラジルの建築、デザインに多大な影響を与えたモダニスト建築家。

・白井晟一(1905~1983)
京都生まれ。ドイツで哲学を学ぶなど異色の経歴をもつ建築家。代表作に「親和銀行本店」「ノアビル」「渋谷区立松濤美術館」など。そのユニークなスタイルから哲学の建築家などとも評されてきた。多くの装丁デザインをも手がけ、そのなかには「中公新書」の書籍装丁など、現在まで使用されているものもある。
・松濤美術館の本展覧会ウェブサイト:https://shoto-museum.jp/exhibitions/194sirai/

・エドワード・ゴーリー(Edward Gorey, 1925‒2000)
米の絵本作家。自身がテキストとイラストの両方を手がけた作品群は、独特のダークな世界観が特徴的。主著以外にも、挿絵、舞台と衣装のデザイン、演劇やバレエのポスターなどに多彩な才能を発揮。
松濤美術館の『エドワード・ゴーリーを巡る旅』展ウェブサイト:https://shoto-museum.jp/exhibitions/199gorey/


堀口麻由美
ほりぐち・まゆみ。
Jill of all Trades 〈Producer / Editor / Writer / PR / Translator etc. 〉『IN THE CITY』編集長。
雑誌『米国音楽』共同創刊&発行人。The Drops初代Vo.

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