第二十二回:専用の段ボール箱のなかは
片岡義男『ドーナツを聴く』
Text & Photo:Yoshio Kataoka
ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。片岡義男が買って、撮って、考えた「ドーナツ盤(=7インチ・シングル)」との付き合いかた
シングル盤専用の段ボール箱、というものがある。幅は二十三センチほどで、長さは三十三センチくらいだ。この箱にシングル盤をぎっちり詰めたのを持ち上げるときには、相応の覚悟が必要なほど重い。
この段ボール箱がいくつも置いてあり、「ここからは洋楽」とマジックで手書きした紙がスティールの棚に貼ってある景色を、いま僕は思い出している。もうこの景色はないかもしれない。あの中古レコード店に、この数年、いってないからだ。
紙のスリーヴに入れたのをもう一度、透明なヴィニールの袋に収めた洋楽のシングル盤を、右手の指先でひとつずつ繰っては、確かめるように見ていく時間は、楽しいものだった。なにが出て来るかわからない、という種類の楽しさだ。洋楽のシングル盤が置いてあるところなのだから、段ボールの箱には洋楽のシングル盤しかない。その洋楽のシングル盤のなかに、なにがあるのか、という限定された、平和な世界の出来事だ。
買わないシングル盤を抜き出していったほうが早い、と気づいてそのとおりにした。買わないシングル盤をひとまとめにし、段ボール箱に残ったすべてを、「これは買います」と言って店主に示すのだ。こんなことを何度も繰り返した。
おかげで自宅には、シングル盤の段ボール箱が、いくつもある。買わないものを店頭で抜いたままの配列で、洋楽のシングル盤が、それらの段ボール箱のなかに詰まっている。今回の十枚は、前回とまったくおなじで、中古レコード店の店頭にあったままの、十枚だ。配列は変えていない。この配列を手にするだけでも、僕は充分に報われている。
シングル盤はそれ専用のシステムで再生して聴きたい。前回、僕がとっさに思いついて書いた再生装置と、ほとんど変わらないものが、とっくに市販されていた。それを手に入れ、シングル盤を聴いてみた。ジャズ・オーケストラによる力いっぱいの合奏が、雑音のように聞こえる再生装置だ。
今回の十枚はどれもみな45回転だ。メディアにふさわしい再生装置を手に入れたはずなのだが、悦に入る、という状態であるとは、いかないようだ。
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