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第二十二回:『シネマ・インフェルノ』

堀口麻由美『カルチャー徒然日記』
Text & Photo:Mayumi Horiguchi

ガリアーノに導かれモードの未来を空想した


海外の劇場のようなエントランス

2023年8月15日まで渋谷で開催されていた「メゾン マルジェラ」のインスタレーション、『シネマ・インフェルノ』。事前に特に何も期待せずに行ったのだが、非常によかった。ブランドのクリエイティブ・ディレクター、ジョン・ガリアーノは2022年7月、パリ・シャイヨー宮にて「アーティザナル」コレクション(マルジェラでのオートクチュールの名称)を発表。それは英の演劇集団「イミテーティング・ザ・ドッグ」とコラボし、オートクチュールと映画、演劇が一体化した斬新なパフォーマンス作品として発表されたものだったのだが、その世界観に没入して楽しめるのが、このインスタレーションだった。これを自らの肉体で堪能した後、考えざるを得なかった。今後ファッションやデザイナーは、どんな方向へと向かっていくのだろうかーーと。

本題に入る前に、まず、ざっと「デザイナー」の歴史をまとめてみよう。

「オート・クチュールの祖」と言われ、そのシステムの基礎を築きあげたのは、19世紀のデザイナー、イギリス系フランス人のシャルル・フレデリック・ウォルト(1825ー1895)だ。フランス第二帝政(1852ー1870:皇帝ナポレオン3世による22年間の統治時代)期の皇室御用達クチュリエとしてその名を世間に知らしめ、「モードの王様」と呼ばれた。名前の英語表記はCharles Frederick Worthで、当初は英語での発音どおりにチャールズ・フレデリック・ワースと呼ばれていたが、フランスに渡ったのちに前述の読みになった。ウォルトはまず、服自体を着心地の良いものに変えた。加えて産業革命による技術革新のもと、それまでの非効率的なシステムも変更した。彼以前のオートクチュールのデザイナーは顧客の自宅へ出向いていたが、ウォルトは自身のアトリエに客を迎え入れた。デザイナー自身が服のサンプルを用意し、それを生きたマヌカン(人台)に着せて顧客やバイヤーに披露し、販売する方法を考えだした。このやり方は、モデルという職業の発端となったし、その結果、「近代的なデザイナー」という職業が生まれることとなった。販売した服に、自身のブランドのラベルを縫い付けたのも彼が最初だ。テキスタイルを仕入れ、アトリエを持ち、専属のマヌカンを雇い、年に4回のファッションショーを行ったが、言うまでもなく、それは今日のモード界の基礎となっている。ウォルトが考案した複製のドレスは英米の既製服企業のバイヤーにも販売された。いわゆる「ライセンス販売」と呼ばれる販売形態だが、それを初めて行ったのもウォルトだった。

そして20世紀に入ると、お馴染みの名デザイナーたちが登場してくる。20世紀初頭に「脱・コルセット」で女性の身体を解放したポール・ポワレを筆頭に、ココ・シャネルやクリスチャン・ディオール、イヴ・サン=ローランといった革新的なデザイナー達が次々と活躍し、ファッションの世界は華開いていく。「既成概念を覆す」ようなデザイナーとして、日本人の川久保玲が業界を激震させたりもした。そんな感じで、19世紀後半から20世紀にかけて形作られていったのが「デザイナー」だ。

2022年7月8日ー8月21日までの期間、六本木の東京ミッドタウン 芝生広場にて開催されたルイ・ヴィトンによる世界巡回展「SEE LV」展 外観

現代は、実際に服をデザインする「ファッションデザイナー」の枠からはみ出た存在が高級メゾンの“顔”として、ブランドを率いている時代だ。クリエイティブ・ディレクターやアーティスティック・ディレクターが、より重要な時代となったのだ。2018年に、黒人として初めて「ルイ・ヴィトン」のメンズ アーティスティック・ディレクターに就任したヴァージル・アブロー、2021年LVMH傘下の「ケンゾー(KENZO)」のアーティスティック・ディレクターに抜擢されたNIGO®、2023年、故ヴァージル・アブローの後任として「ルイ・ヴィトン」のメンズ クリエイティブ・ディレクターに任命されたミュージシャン兼起業家のファレル・ウィリアムスなどが適例として挙げられる。そこには、「シュプリーム(Supreme)」のような勢いあるストリートファッションが内包している概念を取り入れ、若い顧客層を拡張していきたいという意図が見え隠れしている。

「HUMAN MADE」創設者兼デザイナーでもあるNIGO®が少年期より収集し続けている門外不出のヴィンテージコレクション展「未来は過去にある “THE FUTURE IS IN THE PAST” - NIGO’s VINTAGE ARCHIVE - 」にて撮影 ※同展は2022年9月14日ー11月13日までの期間、文化学園服飾博物館にて開催

ガリアーノは、そんな3人とは異なる、“典型的なファッションデザイナー”だ。ファッション名門校「セントラル・セント・マーチンズ」のモード科を首席で卒業し、1985年、自身の名を冠したブランドでロンドンコレクション・デビューを果たす。1995年「ジバンシィ」のデザイナーに大抜擢。1997年からは「クリスチャン ディオール」のデザイナーに就任。ブランドの売り上げにも貢献し、その革新性は世間から高い評価を受けてもいたのだが、2011年にパリのカフェでユダヤ人差別発言をしたため逮捕され、「クリスチャン ディオール」および自身のブランド「ジョン ガリアーノ」を解雇された。そして一時期、業界から“追放”されたような状態となっていたのだが、2014年「マルタン・マルジェラ」のクリエイティブ・ディレクターに就任して復帰。ガリアーノは2015年1月、ブランド名を「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」に改名し、今日に至る。

干されている間に、その創造性が悪魔的に磨かれたのかもしれない。『シネマ・インフェルノ』では、岡本太郎が放ったフレーズよろしく、「芸術が爆発」していた。前述したように、このインスタレーションは、「ショーの常識を覆した」と話題を呼んだ2022ー23年秋冬オートクチュールコレクションの世界観を反映したものだ。コロナ禍における長編映像作品でのコレクション発表を経て、ガリアーノが選んだのはファッションショーではなく、劇場型パフォーマンスだった。ガリアーノが9ヶ月をかけて創作した物語で表現されているのは<親、法律、教育、宗教、医療に見られる、男性支配社会での権力の乱用>であり、未来に関してガリアーノが抱くビジョンを描いたものだという。彼はそのビジョンを服に落とし込み、パフォーマンスを通じて観客に伝えた。様々なアート分野のフォーマットを融合・再構築し、『シネマ・インフェルノ』として形にして、世に出したのだ。

インスタレーション会場で公開されていた映画版『シネマ・インフェルノ』

私はそこに、モードの未来を見た。既存のものをただ踏襲するだけでは、滅びていくのみ。いつだって、なにか「サムシング」をプラスすることが必要とされている。だからモード界は、存続し続けるために、貪欲に何もかもを取り入れ、拡張してゆくのだ。ヒッピー文化がパーソナルコンピューターを生みだすきっかけの一つとなったように、「未知のもの」を知り、理解し、新たに取り入れることにより、人も物事もさらに発展していくのだろう。今回、『シネマ・インフェルノ』を体験・体感することにより、それを強く実感した。

そう、人間の脳には無限の可能性が秘められているのだ。だから、AI(人工知能)には負けない。考えることをやめた者だけが負けるのだ。

■映画版『シネマ・インフェルノ』はYouTubeで視聴可能!
Maison Margiela Artisanal 2022 Collection
https://www.youtube.com/watch?v=-GI068lnT-M

・メゾン マルジェラ 公式サイト:
https://www.maisonmargiela.com/ja-jp/



堀口麻由美
ほりぐち・まゆみ。
Jill of all Trades 〈Producer / Editor / Writer / PR / Translator etc. 〉『IN THE CITY』編集長。
雑誌『米国音楽』共同創刊&発行人。The Drops初代Vo.

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