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第十二回:こうして僕は店頭でシングル盤と出会う

片岡義男『ドーナツを聴く』
Text & Photo:Yoshio Kataoka

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。片岡義男が買って、撮って、考えた「ドーナツ盤(=7インチ・シングル)」との付き合いかた


数年前の夏、暑い日の午後、中古レコード店で店頭在庫を点検していたら、こんなのを見つけた。三百円という信じがたい価格だった。ウーゴ・ブランコはヴェネズエラの人だ。南米版ハープであるアルパを演奏する。だから楽団名はアルパ・ヴィアヘラ、「旅するハープ」という意味だ。ブランコは『モリエンド・カフェ』と、自作の『らんの花』を、アルパ・ヴィアヘラとともに演奏している。いくつかのヴァージョンがあるが、彼の日本盤シングルとしては、これが最初のものらしい。

『ちょと待て下さい』という歌は、ひと頃の僕のテーマ・ソングのようだった。「カタオカさん、原稿は出来ましたか」と編集者にきかれると、「ちょっと待ってください」と僕は応えていたから。ローマ字書きだと日本語にある「小さな、つ」が書きあらわせない。だから題名はそのまま、『ちょと待てください』となる。歌手のサム・カプーもそう歌っている。

『北上夜曲』のシングル盤を店頭で見つけたときもうれしかった。パラグアイの文化使節として、歌手のルイス・アルベルト・デル・パラナとトリオ・ロス・パラガヨスが日本へ来たとき、録音したものだという。フォア・ラッズの『北帰行』も店頭で見つけたと言っていい。神保町を歩いていたら、レコード店の店頭から外の歩道に向けて、店内でいま再生されているレコードの音が、スピーカーから放たれていた。

この『北帰行』を部分的に聴いた瞬間、外国の人たちが日本語で歌っているものだ、とわかった。外国から日本へ公演に来た人やグループが、置き土産として日本語で歌ってレコードにする、という慣行があった。『北帰行』でいちばん好きなのはいまでもこのフォア・ラッズだが、いくら置き土産の慣行があるとは言え、「オンアイワレヲサリヌ」などと語っているのを聴いてしまうと、レコードは買わないわけにはいかない。おなじものが二枚ある。

それから『テネシー・ワルツ』が二枚ある。ひとつは日本におけるオリジナルの江利チエミだ。レコーディングは一九五一年だというが、ここにあるのは後年の再発だ。それから十四年後、東京の厚生年金会館大ホールでおこなわれたパティ・ペイジのコンサートの、実況盤のEPに『テネシー・ワルツ』が収録してある。

小林旭の『黒い傷痕のブルース』と、エディ・クレンデニングのシングル盤だ。ミュージカル『ミリオン・ダラー・カルテット』で人気となった彼が書いたオリジナル曲が、『俺はあいつじゃないよ』という副題のある、『マイ・ソング』という歌だ。そのB面がこちら『あのしだれ柳の木』となる。日本で出たシングル盤だ。

そして『黒い傷あとのブルース』が二曲、と言いたいのだが、おなじものだろう。ファウスト・パペッティがアルト・サックスを吹いている。シングル盤のいいところは、カップリング曲がそれぞれ違うこともある、ということだ。この場合はそのとおりで、片や『夜霧のしのび逢い』、片や『ダニー・ボーイ』『ハーレム・ノクターン』『サマータイム』と3曲も入っていた。ファウスト・パペッティのLPを探しているのだが、店頭ではまだ遭遇していない。



片岡義男
かたおか・よしお。作家、写真家。1960年代より活躍。
『スローなブギにしてくれ』『ぼくはプレスリーが大好き』『ロンサム・カウボーイ』『日本語の外へ』など著作多数。近著に短編小説集『これでいくほかないのよ』(亜紀書房)がある。 https://kataokayoshio.com


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