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第五回:映画『パリ13区』

堀口麻由美『カルチャー徒然日記』
Text:Mayumi Horiguchi

米文学の香り漂う新しい仏映画の誕生に乾杯!!


©︎ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma


日系4世のアメリカ人コミック作家であるエイドリアン・トミネの原作がフランスで映画化されるという話を初めて聞いたとき、「どうなるんだろうか?!」と思ったものだ。なぜなら、トミネの作品とは「米文学」の世界に、日本の漫画家・辰巳ヨシヒロや田河水泡の漫画作品『のらくろ』的なテイストが加わったものだから。つまり、非カトリック的であり、ラテンなノリからはほど遠いのだ。ちなみに筆者はトミネと昔からの知り合いで、そのつてで紙版の「IN THE CITY」の表紙を担当してもらったのだが、出会いのきっかけは米のインディーロック/ポップ・シーンの人脈を通じてだった。彼はソフティーズ(Softies)やヨ・ラ・テンゴ(Yo La Tengo)のカヴァー・アートを手がけているのだが、そんなバンドが奏でる音楽と同質の雰囲気を漂わせているのが、彼の作品なので。


©︎ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma

本作『パリ13区』は3つのトミネ作品を下敷きとしている。「キリング・アンド・ダイング」に収録されている、ポルノ女優と間違えられて悩む女性の話である「アンバー・スウィート」と、コメディアンを目指す吃音の女性とその家族を描いた「キリング・アンド・ダイング」という2つの物語に加え、「サマーブロンド」に収録されている、オペレーターをクビになり、その気晴らしにいたずらを始める「バカンスはハワイへ」という話がそれだ。しかし映画は想像どおり、トミネの作品とは、絵的には真逆な出方をしていた。


©︎ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma

どう違うのか? 簡潔にいうと、ジョン・アーヴィングの作品などに顕著なのだが、米文的な世界においては、性的な物事が物語の本質に濃厚に関わっていたとしても、そのこと自体は表面的には淡々と描かれ、逆に読者の方は、否応なしに悶々といろいろ想像させられるというケースが多いが、本作では、セックスをモロに描ききっている。しかし、泥臭くはなく非常にあっさりしているし、登場人物たちはみな、米インディーポップ的な苦悩(どんなものか、わかる人にはわかりますよね?!)を抱えている。そんなところが「まさにトミネ作品が原作!」としかいいようがなく、「いい映画だなぁ」と素直に感嘆した。ちなみに本作のセックスシーンは、美しく自然な動きやしぐさが出せるようにと、振付師ステファニー・シェンヌによって振り付けられており、出演者には個別にダンスレッスンの場が設けられたそうだ。


©︎ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma


©︎ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma

映画の舞台となっている13区はパリ南部に位置しており、パリ最大の中華街がある。また1970年代後半以降に再開発が進んだ結果、世界中の都市部でよく見られるような高層住宅が建ち並んでおり、いわゆるパリっぽさが薄い。本作の原題は『オランピアード(Les Olympiades)』というのだが、これはパリ13区のトルビアック通りとイヴリー通りの間に位置する高層ビル街の総称なのだという。1968年にグルノーブルで開催された冬季オリンピックを記念し、各タワーにはオリンピック開催都市(札幌、メキシコ、アテネ、ヘルシンキ、東京など)の名前が付けられ、通りも競技にちなんだ名称となっているそうで、まさに本作にぴったりな多国籍感漂うエリアが、13区なんである。そんな点をこそ、監督であるジャック・オディアールは良いと思ったようで「ヨーロッパの街を、アジアの大都市のように撮影した。『パリ13区』はある意味、“現代の時代劇”のようなものだと言えるかもしれない」と語っている。


©︎ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma
©︎ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma

その言葉どおり、この映画は「現代のパリって、こうだよね」と思わせてくれる。現代のパリには、赤塚不二夫の漫画『おそ松くん』に出てくるキャラの「イヤミ」的なおっさんや、たまに女性誌等に登場するナゾの妄想フランス白人風の人なんて、皆無とまでは言えなくても、めちゃくちゃ少ないハズ。フランスの首都であるパリは、なまじ植民地が多かった分、世界中の様々な人種が集まっており「いない人種なんているの?」みたいなところなんである。そんな彼の地でも、他の国同様ヒップホップが流行っているが、この映画は、バンドでいうと「フェニックス」とか「エール」のように、英語を駆使するフランス人が生み出した音楽のような仕上がり。フランス風味は当然あるけれど、あっさりと国際的なのだ。登場人物は台湾系、アフリカ系をはじめ多文化的で、年齢的には、思春期はとうに過ぎているけれどまだ青臭さが残るミレニアル世代(=1980年から1995年の間に生まれた世代)。そんな世代の男女なら知っているーー身体を重ねることは簡単にできても、心は思うがままにならないことのもどかしさを。本作は、そんな登場人物たちの心のうちを、秀逸なタッチで展開してゆく。ほぼ全編がモノクロ映像なのだが、それがまた逆に、内面のカラフルさを描くのにぴったりとしか言いようがないほど、ハマっている。昔ながらのフランスらしくはない、でも超フランスっぽいとしかいいようがない本作、新しくて面白かったです。


『パリ13区』はカンヌ国際映画祭パルムドール受賞『ディーパンの闘い』、グランプリ受賞『預言者』など数々の名作で知られる鬼才ジャック・オディアール監督による作品。グザヴィエ・ドラン監督に「こんなにも繊細な作品は観たことがない」と言わしめた作品として知られる『燃ゆる女の肖像』の監督であるセリーヌ・シアマと、若手注目監督・脚本家のレア・ミシウスと共同で脚本を手がけ、パリのミレニアル世代の人間模様を美しいモノクロ映像で展開。4月22日(金)、新宿ピカデリーほか全国公開。

監督:ジャック・オディアール 『君と歩く世界』『ディーパンの闘い』『ゴールデン・リバー』
脚本:ジャック・オディアール、セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』、レア・ミシウス
出演:ルーシー・チャン、マキタ・サンバ、ノエミ・メルラン『燃ゆる女の肖像』、ジェニー・ベス
原作:「アンバー・スウィート」「キリング・アンド・ダイング」「バカンスはハワイへ」エイドリアン・トミネ著(「キリング・アンド・ダイング」「サマーブロンド」収録:国書刊行会)

2021年/フランス/仏語・中国語/105分/モノクロ・カラー/4K 1.85ビスタ/5.1ch/原題Les Olympiades 英題:Paris, 13th District/日本語字幕:丸山垂穂/R18+
©PAGE 114 - France 2 Cinéma
提供:松竹、ロングライド 配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/paris13/

テキスト
・エイドリアン・トミネ
Instagram:https://www.instagram.com/adriantomine/
・国書刊行会/エイドリアン・トミネの関連サイト
1)「キリング・アンド・ダイング」:https://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336061676/
2)「サマーブロンド」:https://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336059536/


堀口麻由美
ほりぐち・まゆみ。
Jill of all Trades 〈Producer / Editor / Writer / PR / Translator etc. 〉『IN THE CITY』編集長。
雑誌『米国音楽』共同創刊&発行人。The Drops初代Vo.


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