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顎の骨に穴が空いちまった!!

7月上旬、歯の手術をした。これはもはや歯の手術というよりも顎の手術と言っても過言ではないものであった。

話は5年も6年も前にさかのぼる。その頃親知らずのせいなのか、虫歯のせいなのか左下の奥歯に微かな痛みを感じ出していた。ツアー中だったという事もあり、移動も多く気圧の変化も多いせいか痛むことが日に日に多くなり、その都度チビリチビリと痛み止めを飲んでごまかしていたのだが、そもそもこれが間違いの始まりであった。その後も年に1度か2度この奥歯が痛むので、その度に薬を飲んでごまかすの繰り返しであったが、自分の認識としては親知らずが隣の歯を押している事による痛みであって、他の事が原因であるという疑いは全くもって考えた事は無かった。

その後痛み自体弱くなったように感じた俺は痛みの頻度も減り、治療への意識が低くなるにつれて意識の中から歯医者さんという、本来トランペッターならば定期的に行かなくてはいけない演奏に直接影響を与える歯という大事な体の一部を守ってくれる唯一の聖地を完全に自分とは関係の無いものとしてしまっていた。

そんな俺が40歳を超え体のあちこちに警笛がなり始める年になり、無頓着なりにあからさまに目立つ様になってきたタバコによる歯の汚れをなんとかしようという気持ちがわいてきて、それじゃあクリーニングなりホワイトニングなんかをしなくてはならないなと、考えていたところに全く想像もしなかった所から、これはもう縁としか言いようのない出会いがあり、半ば強制的に歯医者さんへ行くことになったのだ。

何も考えず、単なるノリで向かった久しぶりの歯医者さんは家から電車も含めて30分程の所にある。そろそろ朝にちゃんと起き、夜に寝て健康的な毎日を過ごしたいなと考えてたところなので、散歩も兼ねて午前中にちろっと行くには丁度良い距離である。そもそもいつからだろう、昼と夜が完全にではなく三分の一程逆転し、いわゆる朝の時間帯を布団の中で暮らすことが普通になってしまったのは。大学に通っていた一年間は朝始発に乗り、終電で帰り、少なめの睡眠時間でなんとか日々元気に暮らしていたので、少なくとも20歳くらいまでは普通に近い暮らしをしていたはずだ。大学を中退し、バンド活動を本格的に始めた21歳くらいから毎晩飲み歩く様になったのできっとその辺りから徐々に昼と夜が起きてる時間と寝ている時間ではなく、眠くなったら寝る、そして次の日の予定に合わせて起きるという自分本位の時間軸が構築され始めたのだろう。胃潰瘍で病院に担ぎ込まれたのもちょうどその頃だった。今考えれば毎日無茶な生活をしていたと思う。

久しぶりにシットインした歯医者では、まず検査するということなので、言われるがままレントゲンを撮影した。そこで発見されたものは、歯の根っこにある大きな黒い影。膿疱というらしいが、奥の歯2箇所をその黒い影が支えているかの様な無残な姿がそこにはあったのだ。先生は「ん?これはやばいな」と言い、何故だか他の先生達も集まってきてそれぞれ「おーっ!」とか「あらら、、」とか言っている。これは歯の根っこにできた袋に膿がたまっている状態らしく、普通の虫歯でなる症状より10倍以上の大きさだと言う。普段何事にもでかいのが最強という美学を持って生きている俺もこの時ばかりはでかさにありがたみを感じず、普段の自分の価値観がどれだけ浅はかで薄っぺらなものだったのかと反省た。

更に詳しく調べなくてはならないとの事なので、CTというものを撮影した。これは自分の頭蓋骨を3Dで撮影したものであり、ありとあらゆる角度から自分の中身を見れてしまう優れものであった。初めて見る自分のドクロはなんだか力強さは無く、むしろすぐにでも崩れてしまいそうなか弱さを感じさせた。まわりについている肉が今の俺のキャラクターを作っているのかと思うと、自分のまん丸でパーツが真ん中に寄っている変なな顔も途端に愛せる様な気がしてきた。

問題の左下の奥歯のあたりをその3D写真であらゆる角度から調べてみるとなんと、顎の骨の内側にまん丸の、直径1.5cmほどの穴があいていたのだ。やはり他の先生達も集合している俺の周りでは様々な、喜びに満ちたにやけ顔が勢ぞろいしていた。少しややこしい物を発見して喜んでいるお医者様はやはり変態が多いのだろう。

「大山さん、これ即手術です」と言われたが、その数日後と1週間後にライブがあったのでその後に手術をする事になった。先生が言うには、その間にもこの穴から膿の袋が落ちて喉に行くと、大学病院に即入院だそうだ。手術まで無事にいれるかどうかは運だとの事で、とりあえずその日は心に大きな不安を抱えたまま帰宅した。

自分の顎の骨に穴があいているという事実を、そしてもしかしたらそれ以上にひどい事になるかもしれないという重大な真実を知ってしまった俺は、その前までとほとんど何も変わらないはずなのに、生きている事に何かの覚悟みたいなものが生まれ、普段の不摂生だとか散らかっている部屋だとかが気になり出し、手術、そして回復までの断酒を決断し、部屋の掃除を始めた。病気が発見されて、普段傲慢な人間が突然弱気になる様をドラマや映画でよく見るが、まさにそれだった。んなことあるかいな、いきなりそんな弱気になるなんてあり得ない、と画面に向かい呟いていた俺が懐かしい。ただこの弱気も手術が終わり、少し傷が落ち着く頃には何処か遠くへ行ってしまうのだが。

そんな自分との出会いもあった顎の骨に穴があいてしまった事件は、この後手術の時にもさらに新たなる自分との出会いがある事はこの時は知らない。

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