安室奈美恵は年号

発売前から重版がかかったことで話題の雑誌を手に入れたので、早速安室ちゃん特集を読んだ。特集は、これまでカバーを飾った全34回をプレイバック+ロングインタビューで計22ページと、かなり読み応えあり。中でも90年代〜の表紙は自分の中高時代、コギャルブーム、TKブームなど、心の中で着蓋をしていた記憶が次々に表に放出されて冷静に読めなかった。安室ちゃんがダサいユーロビートを引っさげてガンガン踊りまくっていた1996年と、都会でも田舎でもない、街としての歴史も情緒もなにもない、海を埋め立てて作った人工都市に住んで、アムラーになりたい一心で間違った方向に全力疾走していた痛々しい中高時代がフラッシュバックして、懐かしさと恥ずかしさで、いま、動悸がすごい。

例えばMummy-DやZEEBRAといった最強メンバーを迎えて発足した「SUITE CHIC 」プロジェクトやダラス・オースティンを迎えての楽曲。その時代時代で新しい音を生み出し20年強もの間、第一線で走り続けてきた偉業。すごいなーと思う一方で、個人的に思い入れがあるのはやっぱり安室ブームとコギャルブームが同時に勃発した90年代の小室プロデュース初期の楽曲の一択で。(それ以降は絶対的な存在じゃなくなった)プロじゃないので楽曲自体を論評できずに説得力がないけど、当時、R&Bの入り口に1番近い存在=安室ちゃんだったことは間違いないはず。インディーズで近いことをやっていた人は他にいるかもしれないけれど、一般人にもわかる“噛み合わせの良さ”と“楽曲としてのクオリティ”を初めて両立して、ポップな形でお茶の間に届けたのは安室ちゃんだと思う(安室ちゃんがなかったらその後登場した宇多田ヒカルの受け入れられ方もまた違った形になっていたと思う)。日本語を話しているはずなのに身のこなしやリズム感は圧倒的に日本人離れしていて、とにかく眩しかった(親近感しかないスーパーモンキーズとの対比に驚いたほど)。楽曲に限ったことだけじゃなく、予算を気にせず当時のクリエイティビティの最先端をつぎ込んだMVやCDジャケットといったアートワークもすごかった。中でも平間至さんによる「sweet 19 blues」のCDジャケは衝撃的だった。湿度のあるモノクロ写真、媚のかけらも感じられない表情、中でもあえて処理されていないフサっとした腕の体毛に驚きを隠しきれなかった。剃り残しとかではなく、生き物として当たり前にあるものをそのまま映し出すということ。可愛さではなくクールという価値観を剛速球で投げてきたこと、子供から大人になる10代の限られた瞬間だけ楽しめる何かがあること。曲を聞いていると私(もしくは私達)は無敵と思えたこと。たとえそれがたとえ虚構でも、いい体験だった。

そして個人的な思い出で言えば
時間だけは有り余っていた中高時代に小岩のカラオケ店で何百回と歌ったこと、必ず本人バージョンのMVを選んだこと、机の上に雑に置かれたコーラが入ったコップ、窓のない部屋、その時の情景も込みで、私の中では永遠に最強。

TLCをはじめとする海外R&Bが好きになったのも安室ちゃんの影響が大きい。「体毛は剃るのではなく脱色した方がおしゃれに見える」、「憧れのジャケット・ジャクソンのメイクを真似してエリザベスアーデン(日本撤退)の眉墨をリップライナーとして愛用」とか当時の雑誌に載っていたキャプションは1つ1つ覚えている。まだ携帯もPHSもなく、子供だましのような暗号しか送れないポケベルが必需品だった時代。情報を得るには雑誌が全てだった・

CDジャケットのアートワークもだけどMVも印象的な作品が多くて、中でも『You're my sunshine』が1番印象に残っている。コーラス&ダンサーをして参加している元ZOOのSAEさんの姿が見たくて、そのためだけに何度もカラオケで歌った。(ザB-girlという風貌で超可愛い。ZOOが解散した後、ある時期R&B路線によっていたドリカムのツアーダンサーにも参加してたけど既に引退。哀しみ)。

ダラダラと個人的な思い出について駄文を綴ったけれど、私に限った話ではなく30-40代の女性は「安室奈美恵」という単語に紐付いて個人的な情景や物語を語れる人の方が多いはず。そういう存在って稀少だし、歌手というよりアイコン、むしろ年号感さえある(昭和、平成、安室、みたいな感じ)。あれだけドラマティックな人生をおくっているのに、自身の生い立ちや心情は全く語らず、歌にも込めず、淡々とポップソングを歌い続けてるのもすごい。聴く側にドラマ性を描かせない、歌はメイクマネーの手段であって、人生ではない。息子が成人したから引退する。これからは誰も知らないところで自分の人生を生きるという尊さこそ、安室ちゃんが唯一無二な理由だと思う。