シーシャを吸った話

タバコも葉巻も電子もやったことがない。
が、タバコに対する憧れというものは、情景というものは持っていた。
ある時はアウトローが、ある時は刑事が、ある時は、ある時は。
あらゆる男、あるいは女が、あらゆる理由でたばこの煙をくゆらせていた。

なんとなくの情景を抱いたまま、これまで過ごしてきた。
たばこは百害あって一利なし。その教えをバカみたいに守ってきたからだ。
とは言え、アウトローの興味も尽きない。
悶々とした人生であった。

そんな中、所用で都市部まで外出する機会があった。
止めどなく広がる田舎の風景。何が植わっているのだかよくわからない田畑に、見知らぬ人が作業をしている。
そんな風景から、突如近代がやってきた。
近代に来た。モダンがあった。
お上りさんは、ただただ周囲を見渡し歩く。

暫く町並みを歩くと、シーシャの店があった。
シーシャ。水たばこ。
水たばこというと、何だか洒落た名前ではあるが、イメージするのは中東、胸の辺りまで白いヒゲの生えた爺さんが薄汚い場所で申し訳程度のゴザを引いてぶくぶくとやっているアレだ。

シーシャ、シーシャね。
思いながら、一度目は素通りした。
そして、戻ってきた。
うろついた。
たばこって肺に悪いよなぁ。なんて独り言つ。
酒を飲んでいるのに何を言っているんだコイツは?
迷ったが、人生で一度くらいは吸おうじゃないか。
近代の象徴って奴を。

入店した。
驚くほどしん…と静まりかえった店内に、一人、若く綺麗な女性がいた。
店員だった。
彼女は黒髪を綺麗なストレートのロングにしており、若さと自信の表れだろう。驚くほど短いホットパンツに、ぶかっとしたシャツを着ていた。
私の太ももを見て頂戴と言わんばかりの格好だ。
第一印象は、バンギャルみたいだな…と思った。
店員のバンギャルと軽く会釈をして、喫煙童貞であることを告げた。
バンギャルは「そういう方もいますよぉ」とはにかみ、席に案内してくれた。

ワンドリンクとシーシャでおいくら円、というシステムらしい。
ノンニコチンのものもあった。が、ニコチン有りで頼んだ。
そりゃあそうだ。たばこを吸いに来たんだ。
酒を飲みに来てノンアルを頼むような愚行は犯さない。

しばらくの間、美人のバンギャルと二人になり、気まずくなって携帯をいじった。
ツイッターを開いては閉じて、また開いては閉じて。
たばこの調合というものは時間がかかるのだろう。何度かテイスティングをした後、運ばれてきた。

シーシャ。面白い見た目をしている。

早速吸う。むせる。思い切りむせる。
ボトムズのOP、炎のさだめがよぎるほどむせる。
その様子を見て、「最初はみんなそうですよ」とバンギャルは笑った。
しかし、屈託のない笑顔には嫌味がなく、成程そういうものかと納得さえした。

吸い始めて5分もすれば慣れてきた。
吸い込み、ためて、吐く。
この繰り返し。

超軽度の酸欠は、程良い幸福感をもたらす。

屈強な体格の、ドレッドヘアのアフリカ系アメリカ人が相棒に対して「よぉブラザー、チルしようぜ」なんて語りかけるワンシーンが浮かんだ。
もっとも、彼らが吸うのはもっとドギツイものであるが。

吸って、吐いて、また吸って、吐いて
時折ドリンクを飲み、また吸って吐く。
とても、良い。
何もない中で、ただただシーシャだけがある。

「失礼しますね」
炭の調整だのなんだの、色々世話を焼いてくれるバンギャル。
調整はテイスティングも含まれており、マスクを外した彼女の唇には艶めかしいピアスがいくつか入っていた。
彼女曰く、たばこも電子もやらないが、シーシャは好きだという人もいるらしい。
自分も、その仲間の一人になりそうだ。


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