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【ピリカ文庫】ミニトマト

お母さんは私がトマトを好きでないことを知っていた。それなのに、いつもお弁当にはミニトマトがあった。「残してもいいのよ。赤が足りないでしょ。見た目のためにいれるの」そういいながら太い指でつまみ、弁当箱に入れる。私以外の誰かに見られることを前提にお弁当は作られていた。

それなのに、私にはお弁当を一緒に食べる友達がいなかった。給食のある日は決まった班で食べるのに、午前授業で終わる日は違う。「好きなもの同士」で机をくっつけて食べるから。一人で食べるのが苦痛な訳ではない。友達がいないから一人で食べていると思われるのが苦痛なんだ。いや、私に友達がいないことなんて、クラスのみんな知ってるか。中学に入学してしばらくは、4人組の1人になろうとがんばったけど、5月の連休を開けた頃から無理だった。

「あー、お腹空いた、一緒に食べよう」
後ろから友達だったあの子の声。ガタガタと机が動く音もする。ほんとは部活だって休みたい。部活がなければお弁当を食べずにすむ。でも、一緒に食べる友達がいないから、部活を休むって思われたくない。唐揚げやおにぎりの匂いがする教室。私はリュックを背負って校門を抜け出す。向かう場所は通学路から少し外れた場所にある公園。公園といっても遊具はブランコと小さな滑り台のみで、後はベンチがいくつかあるだけ。近くに整備された広い公園があるせいか、ここはあまり利用者がいない。大通りから外れた一角にあるのも都合がいい。

ブランコに腰掛け、お弁当の包みを広げる。ベンチには座らない。私はブランコに座って揺れながらお弁当を食べられるか挑戦するんだ。おにぎりと、唐揚げにブロッコリー。次々と口に入れて生ぬるい麦茶で流し込む。はやく食べて学校に戻って、それから部活にでるんだ。

「あっ」
最後に残ったミニトマト。指でつまんで持ち上げたら地面に落ちた。座ったままを手を伸ばして取ろうとしたら、ブランコが揺れてグシャリ、足で踏んでしまった。ドロッとした緑色の液体が種と一緒にでてくる。どうせ食べないし。残すつもりだったのに。潰れたトマトを見ていたら涙がでてきた。

あの人は何もわかってない。麦茶は冷えたものがいいのに、いつも生ぬるい。おにぎり3つは多すぎる。見栄えのために入れられた、好きでもないトマト。それを学校から遠く離れた公園で、1人で食べる私の気持ち。あの人は何ひとつわかってない、知ろうとしないんだ。

涙を手で拭い、空になった弁当箱に蓋をする。ランチバッグにいれようとしたら、小さなメモ用紙がでてきた。
「なに?」
広げて読む。
『今日のミニトマトはピクルスにしてみました。どうでしたか?』
どうでしたも何も。落として食べてないし。今度は笑えてくる。なぜピクルス?もしかして私が、酢が好きだと思ってる?夕食にでる、きゅうりとわかめの酢の物をたくさん食べるから?餃子にも酢をつけるから?少し酸っぱい味は好きだけど。

私は小さなメモ用紙をブレザーのポケットにつっこんだ。きっと今、家の冷蔵庫の2段目には、ガラス製の保存容器が入っている。その中にはたくさんの赤いミニトマト。ピクルス液に漬けられたそれは、テカテカと光っているのかもしれない。

家に帰ったら、ひとつぐらい食べてみようかな。ひとこぎして、ブランコを降りた。陽射しが熱くなってきたのでブレザーを脱ぐ。空の弁当箱と一緒にリュックに入れると、私は学校に向かって歩き出した。



 



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