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インディチャンプという馬。福永祐一という騎手。

 あなたの初めて見たレースは?と聞かれて、ノータイムで答えることのできる人はどのくらいいるだろう。〇〇年のダービーだ!とか、〇〇が勝った有馬記念!と言う人もいるだろうが、厳密に言えばその前にやっていた10Rかも、と考えてしまう人も多いのではないだろうか。

 では、質問を変えよう。あなたが初めて好きになった競走馬は?これなら答えやすいだろう。コロナ禍で競馬を見るようになった方ならコントレイルやデアリングタクト。ディープインパクトの飛ぶような走りに魅了された人もいれば、ウマ娘経由でシンボリルドルフやメジロマックイーンなんて人もいるだろう。

 かっこいいから、かわいいから、強いから、勝ちきれないところがまた、万馬券獲らせてもらったから、、、。理由はそれぞれだろうが、一人ひとりに思い出の名馬がいるはず。もちろん私にも。

 私はこれまでの短い競馬キャリアの中で何頭かの競走馬を好きになった。その中でも、競馬にハマるきっかけになった、競馬の面白さを教えてくれた馬がいる。インディチャンプ。今回は、来る12月12日に引退を迎えるこの馬への想いを書き残しておきたいと思う。

 競馬素人の運命の出会いの前に、一つ昔話を許してほしい。2019年5月26日。この年の日本ダービーでは1頭の無敗馬が単勝1.6倍の支持を受けていた。50%を超える支持率。参考までに、この年の内閣支持率が40%〜50%の間。まあ、だからなんだという話なのだが。複勝やその他の券種まで考えれば、この馬が負けることはない、負けても3着にはくる。そう考えた人がほとんどだった。

 サートゥルナーリアは負ける。3着にもこない。おそらく4着だろう。ネット上でこんな予想をした人間がいれば、Twitterのフォロワーは爆増。崇め奉られていたかもしれないし、もしかしたら殺されていたかもしれない。まあ実際は、競馬に詳しい友人に「ほら、来なかっただろ」とドヤり、「俺の推奨したロジャーバローズ勝ったから」で返り討ちにあったのだが。

 こうして、全くの素人ながら謎の感性で1.6倍4着を当ててしまった男は、翌週から本格的に競馬を見始めることになる。

 このときの私は、ほんとに競馬を知らなかった。知っている馬といえば、上記のダービーに出走していた何頭かに加えてアーモンドアイとディープインパクトくらい。全国どこに競馬場があるのか、どの競馬場が右回りか左回りかなんて全く分からない。文字通り右も左も分からないとはこのことである。

 翌週に安田記念というGⅠがあることを知った私は、まずは徹底的に東京競馬場について調べることにした。今ではお馴染みの「高速馬場」もその頃の私は、高速道路の親戚か?と思ってしまうレベルの素人。こんなにもなにかに没頭したことがあるか、と思うほど片っぱしから調べた。

 知れば知るほど面白くなり、今度はどの馬が勝つんだ?と予想してしまうのが人の常。ただ、予想と言ってもなにをどうしていいか分からない。知識だけを詰め込んだ状態の素人は、まず、どんなふうな順番、並びで走っていくのかをイメージしてみた。今思えば、展開予想である。

 今でも鮮明に覚えている。アエロリットが逃げて、グァンチャーレがその後ろ。インディチャンプサングレーザーモズアスコット辺りも続くんじゃないか?自分が調べた限り、高速馬場のマイル戦は内枠からなら先行しても粘れる。二強と呼ばれる2頭は外で、しかも後ろになりそう。前走ダノンプレミアムに負けているとはいえコンマ2秒差。アエロリットが粘る中、その後ろからスッと抜けて、二強の追撃を凌ぎ切る。もうイメージはできていた。

もう5インディチャンプしか目に映らなかった。

 こんな精神状態になると、思いもよらないことを思い出す。「前走4着馬は買え」。親戚のおっさんが酔っ払いながらよく言っていた言葉。おいおい、まさか。そう、このときインディチャンプの前走はマイラーズカップ4着。他に前走4着馬はいない。もう一度書こう。

もう5インディチャンプしか目に映らなかった。

 初めて、競馬を意識して日曜日を迎えた。みんなのKEIBAをつける。なんとなく音量を下げる。アーモンドアイダノンプレミアムってそんなに強いのか?いや、アエロリットの方を上にとらなくて良かったのか?そんな思いに反し、目はインディチャンプのみを追っている。ファンファーレを聞いて、スタート。

 競馬の見方もよく分かっていない素人は、ロジクライが斜行して人気の2頭が早くも劣勢に立たされていることなど気づくはずもない。注目はただ一頭、インディチャンプ。この馬の前にアエロリットグァンチャーレがいることを確認し、遥か後方にアーモンドアイダノンプレミアムがいることも確認した。そう、展開予想がビンゴすぎるのだ。いける、いけるぞインディチャンプ。私の心は最高潮に達していた。

 4コーナー。ダノンプレミアムが外から進出を図り、アーモンドアイと並ぶところをカメラが抜いた。そして直線。アエロリットが逃げ粘る。想定通り。ただ、少しインディチャンプの位置が後ろ。更に若干前壁。スッと抜けろ!やばい、アーモンドアイもきてる!

 彼の脚はそんな不安を一瞬で拭い去った。ムチが1発、2発。グングンと伸びる。素人目にもアエロリットを差し切るのは明らかだった。アーモンドアイの脚も届く程ではない。自然とガッツポーズが出た。

 こうして私は、たった2週間で、圧倒的人気馬が負けること、その馬を消して的中する喜び、伏兵を本命にして勝つ喜び、展開予想がハマる喜び、、、様々なものを手にし、当然のように競馬にハマった。はじめはただ嬉しくてレース映像を見ていたが、何度も見るうちに、他のレースを見て学ぶうちに、更に多くのことをこのレースから学んだ。

 今考えれば、二強はほんとうに苦しい競馬をしている。それに対してインディチャンプはほぼ完璧と言っていい内容。福永騎手の騎乗も素晴らしかったし、それに応えたインディチャンプも立派。

 全馬が力を出し切ったレースこそ名レースと呼ばれるべきなのかもしれないが、私にとってこのレースは競馬を好きになり、学ぶようになったきっかけのレースなのだ。

 インディチャンプはその後、春秋マイルGⅠ連覇を達成するなど、ここまでの全成績は22戦8勝。国内で5着以下になったことはなく、次走が香港で引退となることから、国内全4着以内は確定した。

 マイルCSは騎乗停止の福永騎手に替わり池添騎手が騎乗し、これも見事な勝利。ただ、この馬は福永騎手でこそ真価を発揮する。

 福永祐一という騎手は、馬場を読む。そしてゲートが上手い。馬の特性を理解し、勝つためにできることは全てやる。そんなジョッキーだと思っている。

 勝つために手を尽くすなんて当たり前だ、と言う人もいるだろう。そんなことはもちろん分かっている。ただ、こんなにも相手の馬や騎手を研究し、展開を予想し、勝てるポジションを追い続ける騎手を私は知らない。

 インディチャンプを見ても、年々使えるが短くなってきていることが分かる。それは福永騎手自身も明言しているし、それによって考えることが多くなるのも事実だろう。それでも彼は完璧な騎乗で全ての力を引き出す。
 
 今週、改めて何度も何度もこの名コンビのレースを見た。インディチャンプを応援した数々の思い出が蘇る。春秋マイル王に輝いた2019年はもちろん、女王アーモンドアイとの対戦や圧倒的な差を見せつけられたグランアレグリアとの4度の対戦。こんなふうに楽しめるのもあと一戦しかないのだ。

インディチャンプと福永祐一

 私に競馬というものを教えてくれた馬。競馬の奥深さを毎週のように感じさせてくれる騎手。1頭の名馬と1人の名手。自分史上最高のコンビが、明日ラストランを迎える。

 2020年のマイラーズカップ以来勝利のないインディチャンプ。相手はダノンキングリーやサリオスに香港のゴールデンシックスティ。もちろん楽ではない。だが、もう善戦はいらない。

 唯一掲示板外に敗れた香港でリベンジのラストラン。そう、父が50戦目にして初GⅠ制覇を達成した地で。なんとも乙じゃないか。父が最後に示した黄金旅程をインディチャンプも辿ることになった。

 チャンプとしてのラストラン。無事で日本に帰ってくることが一番なのは分かっている。それでも私は彼の勝利が見たい。2年前、私を競馬の世界へ誘ったあの走りを。あの黄金の脚を。

 


 

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