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王者がくれた光

自分がいくら頑張ろうとも辿りつけない場所がある

現在地を知らせてくれる地図と

目的地を指し示すコンパスがあれば迷うことなく真っ直ぐに進んでいける

昨シーズンの結果により、明かに和歌山県高校野球界の王者から陥落した智弁和歌山。

もう2度と這い上がれないと、1度はチーム全員が絶望の淵に立たされていたあの時の空気感は生涯忘れる事はないだろう。

そんな選手たちにひたすら伝え続けた「時間の概念」

どんなに素晴らしい人でも、どんなに怠惰な人でも、時間だけは寸分の狂いもなく全ての人間に平等に与えられている。

残された高校野球をやれる時間、いわばタイムリミットを具体的に提示した。

「このまま終わるのか?」「再び前を向き夢を掴みに行くのか?」

智弁和歌山の選手たちに対して、その質問はもはや愚問であった。

主将 大星博暉【仏教大学】(外野手責任者兼務)
副将 森本季幹【立正大学】(内野責任者兼務)
   蔵野真隆【近畿大学】(バッテリー責任者兼務)
投手責任者 黒原拓未【関西学院大学】

この幹部たちが中心となってチームを引っ張ってくれたおかげで、思い通りの冬を乗り越えることができた。

結果はまだ出ていないが、結果が出るのではないかという「期待感」にチームは満ち溢れていた。

「期待感」

それは違う言葉で表現すれば「プラス思考」「ポジティブイメージ」

それを持っているという事は、これから自分達の目の前にワクワクが広がっているという事であり、負のスパイラルが正のスパイラルに転換する基礎になるのである。

冬の期間中の私の役割は、とにかく失われた自尊心を少しでも回復できるように、多くの成功体験を積み上げられるトレーニングメニューの作成とコーチングを行い、選手達自身が数値として確実に成長が見えるような仕組みを用意する事だった。

それに加えて、常に選手たちに伝え続けた1つの言葉。

「成果に繋がる努力を徹底して行う 俺たちに遠回りして時間を浪費している暇は残されていない」

とにかく成果評価を貫き、プロセス評価は一切しなかった。

その甲斐あって、「プロセスあってこその成果」の考え方が優位だったのが、「成果を上げるための手段としてのプロセス」という逆算的な思考をチームとして獲得することができたのである。

11月の段階で、4月から始まる春季和歌山大会が1つ大きな成果指標となるのは、選手一同充分に理解もしており、この大会に向けて、成長進度も逆算的に計画し全ての評価基準をクリアしてきた。

もしかしたら、私が1番確かな手応えを感じ、春季大会の結果を楽しみにしていたかもしれない。それほど、選手たちへの信頼はかつてないほどに高まっていた。

2017年春季大会

2回戦 和歌山南陵 8-1 コールド勝ち
3回戦 初芝橋本 5-3
準々決勝 星林 9-0 コールド勝ち
準決勝 田辺 9-0 コールド勝ち
決勝 和歌山商業 10-0

圧倒的な強さで春の和歌山を制したのだった。初めて部長としてベンチで一緒に戦うこともでき、勝利する中でも生まれる課題を修正しながら前へ前へ進んでいった。

ただの「期待感」が結果を出すことによって「自信」に変わる。

そんな「自信」を試す絶好のチャンスが、近畿大会1回戦に用意されていたのも、自らが呼び込んだ必然だろうか。

この辺りから智辯和歌山の流れが明かに変化していたのだった。

春季近畿大会1回戦の相手は王者「大阪桐蔭」

この巡り合わせが、今後智辯和歌山の成長を加速させる最も大きな要因となるのである。

「大阪桐蔭」を相手に、今の智辯和歌山の全てを思い切りぶつける事によって、現在地から頂点までの距離感を肌で感じる事ができる。それはチーム全員が理解していた。

そしてこの試合で、エース黒原が覚醒するのである。

入学時は「この子は果たして智辯和歌山でやっていけるのか」と心配したほど頼りない存在だったのだが、誰がなんと言おうと、周りが何をしようと、自分が決めた事は確実に自分のペースで進めていく彼の最大の長所は、入学時120km/h前後を出すのがやっとのところから、気づけばこの「大阪桐蔭」戦で144km/mを計測するまでに成長していた。【現在は関西学院大学のエースとして活躍中で150km/h左腕としてリーグを代表する投手に成長している】

結果は3-6で敗退。ゲーム序盤でたて続けにエラーをしてしまい失点を重ねたが、その後、黒原が大阪桐蔭打線と対等に渡り合い、最少失点で試合をまとめる事ができた試合だった。

「やれる」

チーム全員がこの「大阪桐蔭」との一戦で「自信」を「確信」に変えた。

この試合で浮き彫りとなったのは、「守備に安定感のなさ」

夏の大会の接戦を勝ち抜くためには、「しっかり守れないと話にならないよ」と「大阪桐蔭」に言われているかのようだった。

この時すでに6月に入っており、夏の開幕までのカウントダウンは始まっていた。

一冬で積み上げてきた確かな実力を感じ、明確な課題も見つかることによって、夏一直線でこのチームの夢への挑戦がつながっていく。 〜つづく〜