鶴岡裕太×山本康一郎(ennoy)対談
「康一郎さん、ファッションってなんですか?」
鶴岡が康一郎さんにずっと聞きたくても聞けなかった、いくつかのこと。
2022年に創立10周年を迎えた《BASE》は、その記念のスタッフTシャツの制作を創業者・鶴岡裕太が愛用するファッションブランド《ennoy》にお願いしました。
《ennoy》は鶴岡が尊敬してやまないスタイリスト山本康一郎さんが作り手として参加されているブランドです。
このTシャツの制作期間中、ふたりが山本さんの行きつけの中華料理店にランチに出かけました。
美味しい中華を前に、語りつつ、食べつつ、呼応し合うふたり。
そこには、山本さんの独自の哲学と、《BASE》、そして、鶴岡の思いが溢れていました。
#01「スタイリングは、フィクションを作ること」
山本 何を頼もうか? 絶対に食べてほしいのはエビ炒飯エビ増し増し。それと、鶏ピーも。大分の人は鶏って好きでしょう?(※1)
鶴岡 大好きです。鶏ピーってなんですか?
山本 鶏とピーマン。とりあえずこの二つは頼もう。餃子も食べる?
鶴岡 もちろん。ここにはどれくらいの頻度で来ているんですか?
山本 もよおす度に(笑)。
鶴岡 依存性があるんですね。
山本 依存性あるよ。僕には大事なことだよ。
鶴岡 ここは康一郎さんのアトリエからは近いんですか?
山本 意外に近いよ。この辺はあまり詳しくない?
鶴岡 この辺、何も分からないです。
山本 この辺に住めばいいのに。
鶴岡 こんなにいい店があると働かなくなっちゃいますよ。
山本 でも、働かなくなった方が何か降りてくるんじゃない?
鶴岡 いやいや。それには恐怖心があります。
山本 鶴岡くん、恐怖心っていつも言うよね。
鶴岡 僕は運の良い人生だったので、怖いんです。自分でまた波に乗れると思えていれば流れから外れても良いと思うんですけど……。
山本 その気持ちは分からなくはない。僕も運が良い方だと思うから。
ちょっと待って、注文しちゃおう。
注文中…
鶴岡 康一郎さんって、“ファッション”のことをメディアで話さないですよね? 康一郎さんのインタビューはかなり読んでいると思うんですけど、“ファッション”のこと語っている記事を読んだことないかも。
山本 “ファッション”について話すのはあまり得意ではないというか……。伝えたいことをきちんと書いてもらうこと自体が難しいと思うから。
鶴岡 それは言語化するのが難しいってことですか?
山本 難しいし、僕自身、あちこち話が飛んでしまうから。それについて来れる人って、奇跡みたいな人だと思ってる(笑)。あと、話すのが恥ずかしいというのがそもそもあるよ。
鶴岡 それは康一郎さんのメインのお仕事だからですか?
山本 生活の中であまり“ファッション”って言葉、使わないし。
鶴岡 それはあえて使わないんですか?
山本 いや、無意識。僕は着せる人だから、似合うか、似合わないかということをすごく考えている。何を着ているかは二の次で。スタイリングって、その人に頼まれてフィクションを作ることだから。
鶴岡 なるほど。
山本 危なっかしい仕事だよね。似合わない服を着せて世の中に出しちゃうこともあるんだから。
#02「“重心”がアジャストすれば大概の服ははまる」
鶴岡 康一郎さんご自身は好きなブランドってあるんですか? お仕事柄、そこはフラットですか?
山本 そうだね。着る人が先だから。
鶴岡 その人に似合うブランドだったら何でもいいってことですね。
逆に、“似合う”ってなんですか?
山本 難しいこと聞くね(笑)。いろいろあるよ。例えば、“重心”とか。人って、その人が持っている重心の位置というのがあるんだよ。立っている時に体の“重心”を置く位置が、それは人それぞれ違う。仕事とプライベートで重心が変わる人もいる。
鶴岡 へぇ。
山本 服にも“重心”があるから、着る人の“重心”と服の“重心”がアジャストすれば大概の服ははまるんだよ。変わったデザインでも、サイズが大きくても、小さくても。
鶴岡 重心の位置にもトレンドはあるんですか?
山本 トレンドもあるし、世界的なインフルエンサーの“重心”が“憧れ重心”になったりもする。優れたデザイナーはそこに合わせてくるよね。僕はメンズのスタイリングしかしないんだけど、女性が本能で服や装飾を選ぶのに対して、男性は “手段”と“機能”で服を着ている。
鶴岡 なるほど。生きていくために服を着るんですね。
山本 「僕、シティボーイだから!」「俺、ロックだぜ!」みたいなことで服を着る人もいるでしょう? だから服を着るのは“手段”だし、スタイリングは“手段”の先回りだと思っている。半歩先なのか、1.5歩先なのか。その先の仕上がりのイメージを着る側から聞き出す。どう見られたいとか。どうしたいとか。あえて似合わない服を着たいという人も出てくるし。
鶴岡 それって、ファッションで自分を変えられるってことですか?
山本 いや、変えられるわけないでしょ(笑)。本質的な部分は“陸続き”でないと。
鶴岡 難しいですね。スタイリングをするってことは、普段は着ないような服を着せるわけじゃないですか。でもそれが“陸続き”になっているように見えないと、その人として成り立たないってことですよね。
山本 でも、“陸続き”な上での似合う似合わないにはアートと同じように正解がない。あえて似合わない服が着たいって人もいる。スタイリングに答えなんかないし、全部が答えといえば答えだから。だから模倣も許される。
鶴岡 面白いですね。
山本 人が着るわけだから、正しい答えなんてないんだよ。
鶴岡 確かに。着ているものに正解も不正解もないですよね。じゃあ、スタイリングをする時は、着る人やその周りの人たちが思うものを強く表現するということを一番意識されていて、外からどう思われるかはあまり関係ないんですね。
山本 関係なくはないよ(笑)。
鶴岡 ってことは、本質を理解した上で、どう見せるかは次の話ってことですか?
山本 うん。“陸続き”だからこそ出てくるその人なりの癖があって、スタイリングはその癖の持っていきようなんだよね。わかるかな? 普段は“ファッション”について、話さないから、難しい……。
鶴岡 はい。難しいです(笑)
山本 ちょっと食べよう。
鶴岡 食べましょう(笑)。すみません、聞きたいことだらけで。これ(鶏ピー)最高です。
#03「アートもファッションも町中華も、全てが“ライフスタイル”」
山本 テーブルと料理の色合いが似合ってるね。今日の鶴岡くんに。
鶴岡 本当ですか?
山本 本当に似合ってる。そういう偶然の組み合わせを見ているのが楽しいんだ。
鶴岡 確かに。康一郎さんは演出されていないものが好きですか?
山本 そこにしか興味は向かないかも。
鶴岡 興味が出たのは最近ですか?
山本 小学生くらいからだね。人に興味が向くのもそう。前も言ったけど、僕は“ライフスタイル”。
鶴岡 ファッションも“ライフスタイル”の一部?
山本 うん。何ならアートもファッションも町中華も、すべてが “ライフスタイル”。
鶴岡 なるほど。なぜ“ライフスタイル”かと言うと、ノンフィクションが多いから?
山本 そう。そういえば、鶴岡くんは茶碗蒸し好きだよね?
鶴岡 好きです(笑)。(※2)
山本 茶碗蒸しの投稿が一番自信満々だよね。
鶴岡 茶碗蒸しを投稿した時だけ、みんなの反応が違うので、嬉しくなっちゃって。最近、おいしい茶碗蒸し屋さんを聞かれるようになってきました(笑)。
山本 《BASE》って、そういう得意に助太刀をするわけじゃない? 自分を主張できる時代だから、得意でお店を開いたりして。得意を見つけて商いをするって、タイミングが大事だよね。
鶴岡 うわ! 何ですか、これ!
山本 エビ炒飯エビ増し増しだよ。みなさん軽い興奮状態になる。話が止まるよね (笑)。今日もきれいだね。
鶴岡 これ、本当に美味いですね。
#04「その人の水脈を探して、井戸を掘る」
山本 さっきの質問に戻ると、僕は“ファッション”よりも“センス”ってことを考えるかな。“センス”ってさ、体型的にとかそういうことではなくて、もっと本人の意識ではどうにもならないことも加味されているフォルム、つまり“個性”のことだと思っている。
鶴岡 “センス”の方が大事ですか?
山本 僕はセンス担当だもん、多分。
何かを生み出すのがファッションデザイナーで、組み合わせを考えて、魅力を生かすというのがスタイリスト。
鶴岡 “センス”を磨いてあげるんですね?
山本 いやいや、磨けないよ。
鶴岡 それって、どういうことですか?
山本 その人の水脈を探して、井戸を掘る。本人は見つけられないから、「そこ、絶対魅力流れてるよ」って伝えてあげる。
鶴岡 なるほど。この辺に水があると思うよってお手伝いなんですね。それ、面白いですね。
山本 良い人みたいなこと言うと、そこに暮らしが生まれるといいなと思っている。
鶴岡 その先に。
山本 それって、《BASE》がやってることと似てるかも。
鶴岡 いやいや、まだまだです。でも、そう言っていただけて、嬉しいです。
山本 そう思うよ。《BASE》がやっていることって、すごくお洒落だと思ってる。
鶴岡 前にもそう言っていただきました。その康一郎さんの言葉から、確実に僕の中でそこに対する安心感が生まれています。
#05「欲しいもの。欲したもの。欲した感情」
鶴岡 今、《ennoy》が受けているじゃないですか?
山本 おかげさまです。
鶴岡 それは何故ですか?
山本 鶴岡くんはなんでだと思う?
鶴岡 僕は《ennoy》のほぼ全ての抽選に申し込んでいるくらいファンなんですけど、《ennoy》を着ていると強くなれるんです。自分を認めてくれてる気がして。もちろん、着やすいとか、カッコいいとかは大前提にありつつ、僕にとって《ennoy》の服は自分の事が好きになれる服なんです。でも、そういう機能性以外の所でも支持されている気がします。そもそも《ennoy》チームの皆さん自身が楽しそうだったり、カッコ良かったり。そういうチームのスタイルやスタンスがブランドに滲み出ていて、それが伝わっているんでしょうね。
山本 ありがとう。嬉しいな。
鶴岡 僕も含めて、アウトプットをする時って、流行りそうだからとか、人々が求めているからとか、自分がやりたいからとか、周りの人がやりたがっているから とか、色んなアプローチがあるじゃないですか。康一郎さんはどういう感覚で作っているんですか?
山本 欲しいもの。欲したもの。欲した感情。
鶴岡 それを周りの人にも提供しているような感覚ですか?
山本 それなりに探してみて、ないなって思えたら作る。自分の中で本当にあると便利だなってものを日々の生活で探している。例えば、《uka》と《スタイリスト私物》で作った『ゼンシンシャンプー』の場合だと、ボディソープも、シャンプーも、トリートメントも、2個も3個も押してる自分が……。
鶴岡 めんどうくさいなって。
山本 そう。めんどうくさい。髪もないのに、うっかり妻のトリートメントを使ってたりとかしちゃっている自分がね。
鶴岡 なんだかわかる気がします(笑)。
山本 1個でジャバジャバって、できたらいいじゃない。一連の流れが止まらないような。
鶴岡 シームレスにいけますよね。
山本 風呂の時間ってほんと大事なんだ。身体を洗う時に「膝裏はいつも手抜いてるな」とか思ったりして。で、他にも手を抜いてることがないかと考えると、「あの人に電話するのを忘れてた」「あの人にお礼を言ってないや」とか思い出す。
鶴岡 おろそかにしていた膝裏のようなことがお風呂場で次々に思い出されるんですね。
山本 そう。それで風呂から電話をしたりして。
鶴岡 風呂から?
山本 風呂から(笑)。
#06「人の役に立っている人はシンプルな服が似合う」
鶴岡 康一郎さんの手がけるものって、売り方や作り方、アクションもあんまり経済合理性に則ってないですよね。例えば、看板を出すのとかも何なんだろう?と思って、興味を惹かれます(※3)。
山本 そう?
鶴岡 以前『UOMO』の連載に呼んでいただいた時に、康一郎さんに「お洒落って何ですか?」と質問したら、「誰かの役に立つこと」と答えてくださったんです。僕、その言葉で人生が変わりました。それまではお洒落な人にダサいと思われたくないと思って、生きてたんです。でも、誰かのかっこいいとか、かっこ良くないとかって、どうでもいい指標だなと思えて。僕は人の役に立つことが好きだし、せっかく大人数で、大きなお金を動かして会社をやらせてもらっているからには、やっぱり社会の役に立つとか、誰かの役に立つということは、会社の皆がご飯を食べていけることと同じくらい大事なことだと昔から思っていたので。対談でその言葉を聞けた日は、自分の考えてやってきたこととリンクした良い日だったなと、今でも強く記憶に残っています。
山本 人の役に立っている人には雰囲気があるよね。そういう人はさ、突飛な服よりもシンプルな服が様になる。言葉にするとすごく難しいんだけど、服以外のことが人をお洒落にするから。洒落ているっていうのは、人のことを楽しませたり、場に見合った会話ができたり、柔らかい雰囲気を作れたり、逆に緊張感を与えたり、そういうことができる人。
#07「“商い”は飽きさせないこと」
鶴岡 康一郎さんは《ennoy》ほどコミットしたブランドって今まであったんですか?
山本 ないかな。
鶴岡 スタイリストとはまた違う、ブランド側、服を作る側の近くで《ennoy》というブランドを考えられているわけじゃないですか。それってどんな感覚なんですか?
山本 服を買う人とすごく近くなれたね。
鶴岡 スタイリングをしている時よりもということですか?
山本 うん。
鶴岡 なるほど。
山本 《ennoy》の抽選が近くなると、買い手の“物欲”という感情が届いてくる気がする。
鶴岡 いろんな人の念が……。
山本 本当に届くんだよね。そう思う感情がこちら側にあるわけだから。やっぱり商いはエンターテイメントなのかなと思うよ。
鶴岡 買う人にエンターテイメントとして届けているということですか?
山本 うん。
鶴岡 みんなが楽しんでくれるような物を作る。
山本 楽しんでくれていたら、ありがたい。完璧では全然ないけれど。
鶴岡 何事も限りがありますもんね。
山本 60歳を過ぎると、選んでくれたり、大事にしてくれたりしてくれると、「本当にありがとうね」って気持ちになるんだよ。自分もブランドやファッションにそういう風にさせてもらった10代、20代があったから、今こういうことが出来ていると思っているから。今は送り手になって、どうしたら人の時間とお金を無駄にさせないかとか、飽きせないかとかをよく考えている。“飽きない”と “商い”って響きが同じでしょ。商いは飽きさせないことだと思っているよ。
#08「次は質を求められる時」
山本 鶴岡くんは、《BASE》を10年やってみてどうなの?
鶴岡 一瞬でしたね。迎えてみるとただの1日でした。意外と心にくるものがないんです。10年間1つのことやり続けるって、人生であんまりないじゃないですか。それってすごく尊いことだと思っていたんですけど、このくらいのものかっていう感覚で。10年間でできることって、知れているんだということがわかりました。
山本 でも、他人の10年はすごいなと思うでしょ?
鶴岡 他人のことにはすごいと思います。だから自分の10年もきっとすごいことになるだろうなと思っていたんですけど、僕の10年は自分ができると想像していた未来までには届いてなかったですね。
山本 10年やって、次は“質”を求められる時になるんじゃないかな。始まりの質はいくらでも繕えるでしょう? でも10年続いたってことは、次は“質”、そして、 “安心”じゃないかな。
鶴岡 本当にそう思います。10年やって、《BASE》以外にも簡単にネットショップが開けるサービスが出てきて、ようやくライフスタイルになってきたと思うんです。次は「ネットショップが開けるよ」ってことではなくて、その人生の選択をした人たちへのリスペクトがテーマになると思っていて、10周年はそのフェーズの変化を象徴するコンテンツが作りたいと思っています。多分、数年前なら、これからネットショップを作ろうとする人にフォーカスを当てていたんです。でも今はそこではないと思っています。当然、“陸続き”なので、突然、明確に切り替わったわけではないですけど、これがかっこいい生き方だよねとか、チャレンジしている人たちへのリスペクトとか、そういうことにフォーカスを当てていくタイミングだと思っています。
山本 “陸続き”って言葉、便利でしょう。
鶴岡 そうですね。
山本 真っ直ぐ歩いて行けば、いずれ到達するっていう感じだよね。そろそろ行こうか。ごちそうさまでした。
鶴岡 ごちそうさまです。いやあ、ほんと、全部美味しかったですね。
※1 全国トップレベルの鶏肉の年間購入量・消費量。「鶏めし」や「とり天」、宇佐市が発祥の地として知られる「鶏唐揚げ」など、全国的にも名物として有名な鶏肉料理も多い。
※2 鶴岡のInstagramでの投稿。
※3 2021年に《スタイリスト私物》と《ennoy》が手洗いを喚起する看板を学芸大学に設置し話題に。22年、駒沢公園通りの外壁に「The Ennoy Professional 」の広告を設置。
■PROFILE
山本康一郎(やまもと・こういちろう)
(写真左)1961年京都府生まれ、東京都育ち。スタイリスト、クリエイティブディレクター、〈ennoy〉メンバー。メンズのスタイリングを中心にブランドのディレクションにも携わる。2016年・18年にクリエイティブディレクターとしてADC賞を受賞。〈スタイリスト私物〉名義で「いま、自分が欲しい」アイテムも展開中。
鶴岡裕太(つるおか・ゆうた)
(写真右)1989年生まれ。大分県出身。BASE株式会社代表取締役CEO。2012年12月に22歳でBASE株式会社を設立。「Payment to the People, Power to the People.」を企業ミッションに、決済の簡易化を主軸にした事業を展開し、国内最大級のネットショップ作成サービス「BASE(ベイス)」、購入者向けショッピングサービス「Pay ID(ペイ アイディー)」等を運営。2019年10月に東証マザーズに上場。
■店舗情報 『三久飯店』
住所:東京都目黒区祐天寺2-17-11電話番号:03-3711-5946
定休日:火曜日
Photography : Ittestu Matsuoka
Text : Konomi Sasaki(itskn.inc)
Edit : Itosoken