追想。~桜の咲く頃に~前編
その日、会社に無理を言って有給を取り、入院している母方のじいちゃんに会いに行った。
病院の駐車場に着き、フロント硝子越しに眺める病棟は、空の青を後ろに押しやるように輪郭が鮮やかだった。駐車場の隅に植えてある桜は前日の雨のせいでかなり散ってはいたが、春を喜ぶかのように咲き誇っている。
車から降りて背伸びをしながら深呼吸すると、静けさだけが胸に流れ込んでくる。風も温かく、とても気持ちがいい。こんな日を小春日和と言うのだろうか。
その日の夕方、じいちゃんは亡くなった。
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じいちゃんが亡くなる3時間前…。
病室に入ると1日中、目を覚まさなくなったじいちゃんが静かに寝ていた。しかし、俺が顔を覗き込むとゆっくり目を開けた。
まるで俺を待ってくれていたかのように。
何を伝えたいか分からなかったが、凄く優しく潤んだ瞳で目線を外せなかった。じいちゃんは数秒だけ目を開き、まるで紙で作った小舟をゆっくり静かに静かに水面に置くように、静かに目を閉じた。
数秒の出来事だったけど凄く長く会話した気分だった。
一時間ほど親戚の人と話しをして、じいちゃんに「また週末に顔を見に来るからね」と声をかけた。夕方の渋滞にハマるのが嫌で、そそくさと病院を後にしてしまった。
今になればその行動が悔やまれる。
自宅の駐車場に着き、エンジンを止めたと同時に携帯が鳴った。嫌な予感が頭を過る。嫌な予感がするときの着信音は何故こんなにも、けたたましく聞こえるのだろうか。
電話に出ると、じいちゃんの容態が急変したとの連絡だった。慌てて病院に戻ると待合室の長椅子で泣き崩れる親戚のおばちゃんが居た。
声も掛けず病室のドアを開けると、綺麗に片付けられガランとした部屋を見て全てを悟った。
眠りについたじいちゃんに面会し頬に手を置くと、まだ温かいような気がした。そんなじいちゃんの寝顔はとても安らかだった。
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