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少年が見た世界

それはまだ、牛に果物だけを食べさせ絞ったのがフルーツ牛乳になると本気で思っていた幼少期、朝ごはんを食べるのが嫌だった。


そんな僕に朝ごはんを食べさせようと母は様々な工夫をしてくれた。


目玉焼きにケチャップで顔を描いてみたり、縦に細長く切っただけのウィンナーをヒラメだと言い張ってみたり。母の努力を見ていると「なぜタコは作らないの?」そんな素朴な質問すら出来ず、朝ご飯を文句言いながらも食べれるようになったけど、どうしても食べれなくなった朝ご飯があった。


月に一度かニ度、朝ご飯にカニ寿司が出てくる。巻き寿司だったり握り寿司やったりと様々だったけど、それが出る朝は憂鬱だった。


当時、親父は工場を経営していた。仕事の接待の証拠作りなのか、母にゴマをするためなのか、夜遅く帰ってくるときの手土産は決まって蟹寿司だった。


蟹寿司を持ち帰ってきた夜は決まって夫婦喧嘩が始まる。そういうときの喧嘩は食器の割れる音や罵倒する言葉はなく、静かな声で喧嘩をしていた。だからこそ、逆に強く、うるさく聞こえた。


寝不足で朝の食卓に座るとカニ寿司が目の前に置かれる。そんな経験からだろうか、今だに蟹は苦手だ。別に食べれないわけでは無いけど、蟹を口に含むと寝不足の朝を思い出し、口の中が粘っこくなる。それが理由でいまだに余り食べないけど、苦手になったのにはもう一つ理由がある。


それはある夏の夕暮れの事、親父が変わった手土産を持って帰ってきた。


脇に白い発泡子スチロールの箱を抱えていた。箱を開けるとオカクズの中に埋もれ、紐で縛られた蟹が二匹入っていた。


「この蟹、まだ生きてるんだぞ。生きがいいから旨いぞ。」自慢げに言う親父を見上げた。


母が蟹を調理しようと箱から出して紐を切ると、思いの外、蟹は元気でまな板から逃走した。家族総出で追いかけ捕獲したけど、逃げ惑う蟹に情が移り、料理することができず、結局、飼うことになった。


その日から水槽を眺めるのが楽しみになった。


数十日後、学校から帰って水槽を見ると蟹がいなかった。母に聞いても、知らないとしか答えなかった。その夜、真っ赤に蒸された蟹がしれっと食卓にあがった。


その一ヵ月後、親父の工場が潰れた。


その数日後、車庫の天井から垂らされた輪っか状のロープの下でへたり込む母を親父がなだめていた。


そのまた数日後、母が近所の寿司屋の見習いと駆け落ちした。


当時、母が男と駆け落ちしたとは知らない僕は母がいなくなったのは言付けを守らず良い子にしていなかったからだと罪の意識に駆られ、自分を責めた。


自己嫌悪の中、母がいなくなって数日経った夜、夢を見た。今でも鮮明に覚えている。


学校から帰宅するといつもは家にいるはずの母がいない。言いようのない不安に駆られ、「お母さん、お母さん」と叫びながら家中探しまくった。すると二階から僕を呼ぶ声が聞こえた。ニ階にいるのかと喜びと安堵で二階へと駆け上がり部屋のドアを開けた。


そこには背筋をピンッと伸ばし、ゆらゆら揺れながら立っている母の後ろ姿があった。しかし、よく見ると床に足がついておらず、浮いている。目線を上げると天井から垂れ下がるロープが首に掛かっていた。その刹那、気づく。立っているのではなく、首を吊っているのだと…。

「お母さん、お母さん」恫喝(どうかつ)にも似た叫び声をあげ、母の太ももに抱きつき、持ち上げて助けようとした。

引きつけを起こすほど泣きながら正面に回り込み顔を見ると母ではなく、全く知らない女の人だった。驚きと同時に安堵した、その時、首を吊っていた女の人が目をパッと見開き喋った。

「迎えに来たよ、(僕の名前)…」


そこで目を覚ました。


女の人が誰なのか心当たりはなかったけど、妙に生々しくてリアリティーがあって夢だとわかっていても、しばらく震えが止まらなかった。


その日、学校が終わっても家に帰る気にはなれなかった。家に帰っても母は居ない。それに、もし、二階から僕を呼ぶ声が聞こえたら…。


考えすぎと分かっていても、言いようのない不安と恐怖で気づけば、隣町に住んでいるじいちゃんの家の前に立っていた。


玄関の呼び鈴を鳴らすとじいちゃんが出てきた。ランドセルを背負いうつむく僕を見ておじいちゃんは驚きと心配が混じったような表情で見つめた。


僕は母がいなくなったことから話し始め、昨夜見た夢のことを一生懸命説明した。じいちゃんは何も言わず聞いてくれて、話終わると「そりゃー、怖かったなぁ。」と微笑みながら僕の頭をポンポンと軽く叩くように撫でてくれた。


ポンポンと撫でる力が子供の僕には少し痛かったけど、その手はとても大きくて暖かくてすごく安心した。そして、じいちゃんは「これでも食べて落ち着きな。」とキャンディをひとつくれた。


キャンディを口に放り込むと不思議と落ち着き、不安と緊張で凝り固まった心まで溶かしてくれるようだった。その味は甘くてクリーミーで、こんな素晴らしいキャンディを貰える私はきっと特別な存在なのだと感じました。

そして、今では私がおじいちゃん。孫にあげるのは、勿論、ヴェルタースオリジナル。何故なら、彼もまた特別な存在だからです。




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このオチ、わからない人多いやろなーw昭和な人ならわかるかな?w

母との思い出を綴ろうと書き出したはいいけど、ろくな思い出ないは、内容まとまらないは、暗いは、着地点見失うはで、この有様w

こんな内容だけど最後まで読んで頂き、ありがとうございました。



追伸。
ラストのオチ以外は全て体験談を基に書いています。

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