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グリーンサラダ~前編~

朝と言うには遅すぎる。かと言って、昼と言うには早すぎる中途半端な時間に母のマンションを訪れた。




年に数回、母と晩御飯を一緒に食べるのですが、運が良いのか悪いのか今日は地元の祭りと重なり早くに来たが、間がもたない。




暇潰しにスマホを開く。脂でテカテカの画面を拭く為にティッシュに手を伸ばした。




「ん?ティッシュきれてるやん?」



「寝室の化粧鏡の横にあるから取ってきぃ」




仕方なくティッシュを取りに寝室に向かう。母がこのマンションに越して来て、俺が母の寝室に入るのはこの日が初めてだった。




寝室に入ると直ぐ右側に化粧鏡があり、その横に5箱1パックに梱包された新しいティッシュがあった。梱包されてるビニールを破り、1箱 手にして部屋から出ようと振り返ると小さなタンスの上に写真が飾ってあった。幼い頃の俺と弟がそこに写っていた。色あせた写真が余計に懐かしさを駆り立てる。



確か母の実家に行ったとき、近所の公園で撮った一枚だと思う。ペンキで白く塗られた石に股がり、無邪気に笑う俺と照れ笑いを浮かべる弟。2人の性格が滲(にじ)み出ている写真だった。



一概に言えないけど、人は憂鬱な時にシャッターのボタンをあまり押したがらない。だから写真に映るのは幸せな光景が多い気がする。でも、写真には残っていない、満たされない気持ちの方が記憶としては鮮明に残っている。その写真を見るともなく見ていると過去の記憶が蘇ってくる。



…………………………………



どんぐり ころころ どんぶりこ♪


 おいけにはまって さあたいへん♪


 どじょうがでてきて こんにちは♪


 ぼっちゃん いっしょに あそびましょう♪





頭から布団を被り、両手で耳を押さえ眉間が痛くなるほど強くマブタを閉じ、恐怖心を振り払うように楽しく歌う。歌うときは両親が喧嘩をしているときが多かった。



ただの偶然かもしれないが、母は夫婦喧嘩をする前日、または翌日に決まって布団を干していた。だから太陽の匂いがする、ふかふかの布団が大嫌いだ。太陽の匂いがする布団に入ると不安で仕方がない。




両親の喧嘩は怖くて怖くて仕方なかったが、布団を干したり、母の表情を読み取ったりして心構えが出来るようになると次第に怖さは無くなっていった。



休日の昼間に夫婦喧嘩をすることも度々あった。昼間の喧嘩のときは怖さより楽しみの方が勝っていた。喧嘩が終わった後に母に甘えにいくと必ずお小遣いをくれたからだ。



お小遣いを貰えば、俺は喜んで弟を連れてお菓子を買いに行く。お小遣いが貰えることを知って甘えていたズルい子供だった。



今思えば、母は気兼ねなく泣く為にお小遣いを渡していたのかもしれないとも思う。そんな母は俺と弟が寝ると夜な夜な出掛けていた。



不意に夜中に目を覚ますと誰も居ないことに気付き、不安と恐怖に潰されそうで頭から布団を被り必死で目を閉じることも多々あった。


後編はこちら
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