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小さなバッグが教えてくれたこと(「欲求5段階説」)

小さなバッグを衝動買いしました。
散々迷って、時間を掛けて、ようやく取り寄せをお願いすること決めた別のバッグの伝票を用意してもらっている間のほんの数分の出来事です。

色味に惹かれて 手にしてみて
手触りに惹かれて 肩にかけてみて
次の瞬間には買うことを決めていました。

これまで迷って、迷って、迷って、それでも結局買わない(買えない)のに何故??と思う。ただ、今日はそこを追求するよりも、バッグを買ったことで気がついたことを書き残しておきたいと思います。


小さなバッグを買った帰り道、バッグについて自由に考えることができるようになっている自分に気がつきました。「考えるのは自由。何に不自由を感じていたの?」と思われるかもしれませんが、この1年「靴は大好きな(そして「スニーカーのように」(byむっちゃん先生)どこまでも歩ける)ローファーと出会うことができたので、次は『自己紹介バッグ』!」ということが常に頭にありました。

しかし、これが難航していました。せっかく買うならばこの機会にハイブランドにチャレンジしたいと思っていました。突然の妻の変貌?に夫が驚かないように「今年は高いバッグ買うよ~」と年始めから折に触れ言葉にし、予算も確保し、ガールズと何度も試着に行き・・・なのに、電流が走りません。走りかけても途中で断線。バッグのことが頭から離れない、まだバッグを買っていないから・・・と服を買うのも躊躇するような日が続いていました。

それなのに、なぜか、その小さなバッグだけは、「買う!」と即断即決しました。
確かにハイブランドとは一桁違う金額ですが、迷うときは1,000円のTシャツでも、なんなら靴下1足でも買えない自分にとってはとっても珍しいことです。
「(バッグに)呼ばれた」「目が合った」としかいいようがありません。

そして購入し、店をでて100mも歩かないうちに心が軽くなっていることと、その理由に気がつきました。

あっ、バッグについて自分は5段階の一番下にいたんだ。

ここで「5段階」というのは、自問自答ファッションのあきやさんの本にも講座や教室の資料にもでてくる「ファッション欲求5段階説」(アブラハム・マズロー氏の論文の中にある人間の5大欲求をあきやさんがアレンジしたもの)のことです。

一番下の段は生きていくための基本的・本能的な欲求で、ファッションでいえば「おしゃれ関係なく身体を守るために服が着たい!」にあたると例が挙げられています。

「バッグ」に関していえば私の場合「5年半愛用してきたバッグが崩壊寸前だから代わりになるバッグがほしい。(バッグがないと荷物を運ぶことができない)」という生きていくにはギリギリの状態だったということです。

それがこの小さなバッグを買ったことで、「生きていくための基本的・本能的欲求」がひとまず満たされて、少し考える余裕ができたようです。
そして、余裕がでてきて考えたことの1つが私の場合「ファッション欲求5段階説」を「ファッション」という大きなくくりではなく「バッグの欲求5段階」とか「靴の欲求5段階」とかアイテムごとに分けて考えたほうがよさそうだということです。

靴は自問自答ファッションと出会う前から自分のこだわりがはっきりしていたので試着する覚悟が決まればすぐに決まりました。これは恐らく5段階め(自己実現欲求)の近くをうろうろしていたのだと思います。

下着もおそらくその辺りにいます。

一方鞄は1段階め。
着る物もクローゼットはがらがらで、大袈裟でも誇張でもなく「買い物に着ていく服がないから服を買いにいけない」危機的状況(自問自答ファッションと出会ってこの1年は少しだけ改善)の1段階め。

それらを平均するとファッション全体でいえば、とりあえず2段階め
安全の欲求)と3段階め(社会的欲求)の間くらいにいて、なんとかぎりぎり社会生活を送っている。。。そんな自分の姿に気がつきました。

一番下からいきなり一番上を目指せる人もいるかもしれないけれど、自分の脚力ではたとえ予算が確保できたとしても「三段飛ばし」で駆け上がるのは無謀。負荷が大きすぎて頭も心もフリーズしてしまう。

まずはアイテムごとに自分の状況を把握して一段ずつ。
でも、気持ちが追いついてきたら思い切って数段飛ばしも可。
そう思いながらモグラ活動を続けていこう。

そんな気持ちを運んできてくれた小さなバッグとの出会いでした。





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