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その腕は誰のもの

自分の形について考えることがある。


まずあらかじめ断っておくと、わたしは身体完全同一性障害症例を経験したことはないし、その疾患概念も学生時代に「幻肢のように、もはやない四肢があるように感じる疾患がある一方で、健全な四肢に違和感を感じて取り除こうとする疾患もあるのだ」と学んでそれこっきりである。
その上で、
「わたしには本当は尻尾も生えている筈だ」とか「左の親指だけは自分の指だという実感がない(からよく怪我する)」程度の身体違和感の人なら神経内科とか精神科でなくとも普通に遭遇する印象。

以下は仕事無関係の思い出話だから勘弁して欲しい。
「夢の中で、他人から腕を譲ってもらったことがある」っていう人に話を聞いたことがある。

その人には、地方をぶらりと電車旅している途中に出会った。ディーゼルで、ドアを客が開けるタイプの車両に乗り込むのに難儀していたその人に手を貸したついでに、世間話をすることになった。ぱっと見て左腕に障害があるようで、話の中で腕についての話になったのだ。

その人は若い頃に、港湾労働をしていた。ある時、港で海に落ちるついでに船に挟まれたそうだ。ははぁ、その時に腕を傷めたんですかと相槌を打ったら、違うという。

海に落ち、船に海面を蓋されてあがれず、船に当たり、もう死ぬのかと思いながら意識を無くした彼は夢を見た。その夢で、彼にはもうすでに左の腕がなく(なくしたな)と思っていたら、男が現れて「やる」と言って左の腕を譲ってくれたのだそうだ。

目が覚めると、彼は病院におり、あちこちぶつけていたものの驚くことに身体も無事だった。しかし、左腕だけ奇妙に違和感がある。思った通り動かすことに支障はないが、なんとなくよそよそしい。自分の腕のような気がしない。ちょっと疎ましいような気さえする。
そんなわけで、彼はことあるごとに左の腕を怪我するようになった。ついつい、世話を怠る。そこに腕を置いたことを忘れてしまう。そうして怪我をしているうちに、大きな事故にあい、左腕は利かなくなってしまったのだという。

「それでこんなになりましたけどね、これが丁度いいような気がしてます。もともと自分のものじゃなかったんで。腕なんて、貰うものじゃないですよ」

夢の中で腕を譲ってくれたという見知らぬ人には、まったく心当たりはないという。

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