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ASOBIJOSの珍道中

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文筆家で尺八見習いの万里一空と、日本舞踊を習っている妻・MARCOによる、ドタバタ自給型ハネムーンの紀行文です。素っ頓狂で向こう見ずなアホ二人がカナダワーホリへ。果たして、無事に…
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#ワーキングホリデー

ASOBIJOSの珍道中⑯:ファインダイニングの客と給仕たち

  ”ロマンティックの裏には、必ず、隠された激情がある。”  と、この店一番の古株給仕人のシラガハヤブサが、両眉の上に深いシワを作って、貫くような眼差しをこちらに向けました。  フレンチレストラン『La petite plantation』で給仕補佐になってから、すでに3ヶ月ほどが過ぎ、給仕人たちとも気心が知れてきていました。  中でもこの古株給仕人のシラガハヤブサは、いつもTim Hortons(ティム・ホートン)というカナダのチェーン珈琲店のカップを持って、出勤時刻の3

ASOBIJOSの珍道中⑮:百花繚乱、オールドタウン

 ジャック=カルティエ広場は、幅の広いゆるやかな斜面で、たおやかなサンローラン川の流れを見下ろし、今日も世界中の観光客を乗せ、虹色の巨大洗濯機のごとく、ごったがえした夢の渦です。左右には赤、紺、緑の大きな天幕を広げたオープンテラスのレストランが並び、蝶ネクタイをした給仕たちが担ぐお盆の上には、黒や金に輝くビールが泡立ち、ワイングラスが重なり合う音が鳴り響きます。  ガラガラガラと、その斜面を転がり落ちるように、私たちの片輪の台車が右に左に、よっと、よっと、と危なげに揺れながら

ASOBIJOSの珍道中⑭:夢の街、オールドタウンへ

 ”荷物もう入れた〜?”  ”入れたよ〜”  ”おにぎりはぁ?”  ”入れた〜!”  ”水は?”  ”入ってるよ〜!”  ”おぉ、あぶねえ、バッテリー忘れるところだったぁ。”  はじめはただ、尺八一管とお扇子一本の身軽さで路上に繰り出していた私たちでしたが、しばらくして、大きなアンプを購入し、アンプを使うためにはマイクとケーブルも必要になり、それを一日中使うためにはバッテリーも持つようになりまして、さらに、観客の目を引こうと、舞踊傘に、飾り用の造花の桜も手にして踊ってみたり

ASOBIJOSの珍道中⑨:NY、路上で尺八吹くのは肝試し

 ゴトリ、ゴトリ、と揺れる車窓には、早朝の柔らかな陽にとろけたモントリオールのカラフルなビル群が流れ、ジープとキャンピングカーとロッジが並んだ田舎町も二つ、三つ、と流れてゆき、白樺の樹々の間から覗いた巨大な湖の上で、西陽が燃え、いつしかまた、あのニューヨークへ、無作法に、ぶっきらぼうに立ち並んだ高層ビルの窓が輝きひしめき、三日月もせま苦しそうにかかった、夜の大都会に、列車は突き刺さりました。  前回からひと月が経って、4月の下旬のことです。今度は私ひとりで来たため、節約しよう